「正直、黄瀬っちが勝つと思わなかったな」
「そう、だね…」
整列して選手たちが健闘を讃え合う姿を見ていた。
大輝はまだ実感が無いのか少し上の空といった表情。
涼太は勝ったというのにその表情は強張っていた。
選手が退場したのを見送ってから奏と私は外に出た。
携帯を握り締めていると奏が苦笑いで話し出す。
「電話、してみたら?」
「…きっとまた出てくれない」
「そんなの分かんないよ」
「そうだけど…もう、拒絶されるの、怖くってさ…」
「名前…」
「名前っち!!」
突然大きな声が響いた。
振り向けば、既に着替えを済ませた涼太が私を真っ直ぐ見据えていた。
「私、先帰るけど…頑張れるよね。黄瀬っちの事も、青峰っちの事も」
「…うん」
奏に背中を押されて私は一歩前に出た。
「涼太、お疲れ様。それから、おめでと」
「ありがとッス…名前っち」
自販機の横にあるベンチに座って労いの言葉を掛ける。
ニコッと笑った涼太の顔はいつもより強張って緊張している様に見えた。
少しの沈黙の後涼太が深呼吸をして、体を私の方に向ける気配を感じた。
「名前っち…」
「うん?」
「今日俺、どうしても名前っちに言いたい事があって来たんス」
「…」
涼太の方に顔を向ける。
いつものワンコの様な愛嬌たっぷりの笑顔は影を潜め、見た事のないくらい真剣な表情の涼太と目が合った。
「ッ俺!名前っちが好きッス!」
「涼太…」
「青峰っちの彼女だってちゃんと分かってるつもりだし、俺が言った所で振り向いてなんか貰えないってのも分かってるんス!!けどッ」
「ッ」
突然物凄い力で引き寄せられて、私は涼太の腕の中に突っ込んだ。
驚いて目の前の胸板に手を置いて離れようとしたけど、涼太の腕が震えてる事に気付いて動きを止める。
と同時に思い切り抱き締められた。
「りょ、涼太!」
「分かってるけど!」
「ッ」
「好きなんス!ッ好き、なんスッ」
痛いくらいの想いに自分の胸まで張り裂けそうになった。
それは、大輝に会いたくても会えない今の私の想いにもリンクして…
涼太の気持ちは素直に嬉しい。
だけど…
「涼太」
「ッ」
静かに名前を呼べば背中に回された腕がビクリと揺れて、すぐ傍で息を呑む音が聞こえた。
「涼太…ごめんね」
「…」
「私…馬鹿で単純で短気でヤキモチ焼きで、すぐ突っ走っちゃう様な男が好きなんだ」
「ッ」
「好きって思って貰えるのは凄く嬉しいし、私なんかには勿体ないくらいだけど」
「…」
「…ごめん。涼太の気持ちには、応えられない」
涼太の腕にぐっとまた力が込められたのが分かる。
傷付けた。
こんなに私を想ってくれる優しい男の子を私は傷付けてしまった。
自責の念に呑み込まれそうになっていると、今度はそっと体を押し戻された。
顔を上げると、目の前には予想外の表情の涼太が居た。
「名前っち、ありがと」
「へ…」
思わず間抜けな声が出る。
仕方ないと思う。
だって涼太は笑っていたから。
「けじめ、つけたかったんス」
「え」
「勿論今でも現在進行形で名前っちの事好きッス」
「ッ」
「無謀だって分かってたけど…どうしても青峰っちと本気で勝負して勝って、思いっ切り気持ちぶつけたかったんス」
「涼太…」
「…しっかり振ってくれて、ありがと」
「!」
にっこりと微笑んだ涼太の顔を見て、ここ最近でバカになってしまった涙腺は容易く決壊した。
ポロポロと流れる涙を見て、涼太は私の頬に伸ばしかけた手を引っ込める。
涼太の笑顔は苦笑いに変わった。
「名前っち、辛い時はいつでも相談して…勿論友達として」
「あり、がとっ」
「青峰っちに酷い事されたら俺が怒ってあげるッス」
「ん、ありがと…でも」
「?でも?」
「どんなに酷い事されても、多分私…大輝の事、許しちゃうんだと思う」
「名前っち」
「私も大輝に負けないくらいバカなんだね、きっと」
「っふふ。あーあ、こんなに潔く振られると逆に気持ちいいッスね」
「あ、ご、ごめん」
「謝んなくていいんスよ!あーあー、そんな涙流しちゃって…」
「う」
「でもごめん。それ拭いてあげるのは俺の役目じゃないんスよね」
「?」
「もー、青峰っち…そんなに心配なら早く出て来てしっかり首輪でも何でもしといて下さいッス」
「!!え…」
涼太の言葉に体が硬直する。
…大輝?
涼太を見遣ると、にっこりと微笑んで私の頭をポンと叩いて背を向けた。
どんどん遠くなる涼太の背中を見ながら握り締めた手はじっとりと汗ばんでいた。
やっとの思いで振り向けば、そこにはずっと会いたくて仕方なかった人が立っていた。
「ッ!!」
「…名前」
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