「少し、お話いいですか?」
「うん」
会場の外で出くわしたのはテツくん。
出くわしたというより彼は待っていたのかもしれない。
凄く真剣な表情だった。
近くのベンチに腰掛けてテツくんが話し始めた。
「試合、観ていましたか?」
「うん」
「凄いですよね。正直圧倒されています」
「うん、私も」
「僕が出る幕ではないと分かっているんですが…すみません、言わせて下さい」
「え?」
「…黄瀬くんが」
「?」
「僕の所に相談に来ました」
「相談?」
「はい。名前さんの事です」
「…私の事…」
「名前さんももう分かっていると思います」
「…」
「勿論青峰くんも黄瀬くんの気持ちを知っていました…黄瀬くんが本気だという事を」
「!」
「黄瀬くんが怪我をしましたよね?」
「うん。確か大輝の所との試合前に」
「…その試合は、黄瀬くんにとってとても意味のある試合でした」
『…男にはココだっていう勝負時ってのがあるんスよ』
いつかの彼の言葉を思い出した。
あの時は大して気にも留めていなかった言葉。
「怪我をする前、黄瀬くんは青峰くんにこう宣言したそうです」
『青峰っち。次の試合で俺のチームが勝ったら…俺、名前っちに気持ち伝えるッス』
『ああ?何ふざけた事言ってんだ、お前』
『ふざけてなんか無いッス、本気ッスよ』
『名前は俺のだっつってんだろーがよ』
『分かってるッス』
『言った所で何も変わんねーよ』
『それも!ッ分かってるッス!』
『…』
『だから…青峰っちにも、死ぬ気で俺と勝負して欲しいんス』
『黄瀬…』
「…」
「青峰くんは黄瀬くんの本気を認めてその勝負に乗りましたが…結局黄瀬くんの怪我で流れてしまって、怪我完治後のこの試合に持ち越されました」
「そう、だったんだ…」
「…青峰くんは、もしかしたら少し怖かったのかもしれません」
「怖い?…大輝に怖い物なんて…」
「黄瀬くんの本気が。名前さんを捕られるわけがないと思いながらも、不安はあったんだと思います」
「!」
「だからきっと、黄瀬くんと名前さんが2人で会っているのを目の当たりにして…というのは僕の憶測ですけど」
『余計なお世話だったかもしれませんがどうしても伝えておきたくて。失礼しました…あ、奏さんには僕に会った事は秘密にして下さい』
そう言ってテツくんは去って行った。
少しの間、私はその場を動く事が出来なかった。
席に戻ると既に試合は始まって暫く経過していた。
奏が心配そうに私を見る。
「ちょっと名前、何してたの?大丈夫?」
「うん、ごめん。トイレ」
「ならいいんだけどさ。ほら、もう第4Qも終盤だよ!早く座んな!」
「うんっ」
スコアボードを見れば点差は3点。
涼太のチームが追い上げを見せていた。
残り2分という所で、ダンッという大きな音と共に会場がどよめいた。
「!大輝っ」
思わず立ち上がって声を上げてしまった。
ディフェンス中の大輝が足を滑らせて尻餅を着いた。
きっと尋常じゃない汗のせいで床が滑ったのだろう。
怪我などではないと分かってホッとしたものの、そんなチャンスを涼太が見逃すはずもなく点差は1点に。
そこからはまるでスロー再生みたいだった。
大輝に渡るはずのパスを涼太がカットして、必死の形相の涼太がゴールを目指してて、それを見た事ないくらい必死な大輝が追い掛けて…
試合終了の合図と共に、ボールが綺麗にリングを潜った。
「き、黄瀬っちが勝った」
「…」
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