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面倒な生き物

青峰くんは結局契約書類を返してくれた。
『ほらよ』なんてあっさり返して来るから拍子抜けだ。
でも続いた言葉は私の心をドキリとさせた。
『考えて決めろ。出て行くのか、この家に帰って来んのか』
自分で決めろって、身勝手だ。
『逃がすか』とか『本気』だとか『俺のんなれよ』とか言っておいて。
そこまで言うならいっその事目の前で契約書破ってくれれば良かったのに。
「うわー…私ってば夢見がちな女……イタイわ」
いつから気になり始めたのか、いつこんな想いを抱く様になったのかなんて分からない。
だけど居心地の悪かったこの家はいつの間にか『帰る場所』になってて、疎ましかった青峰くんの存在がいつの間にか『帰ったら居るのが当たり前の存在』になって、そしてその存在はいつの間にか…
「い、言わないんだから!」
きっと真太郎が聞いていたら『どうにもならん馬鹿なのだよ』とか言われるだろう。
分かってる。
認めたくなくて意地張ってるだけだ。
私を拘束する様な言葉をぶつけてくるくせに肝心な言葉を言ってくれない青峰くんに、どうしたって私は素直になれなかった。
こんな事考えてたらそのうち痺れを切らして『出てけば?』とか言われるだろうか。
女ってこれだから面倒臭いって思われるんだろう。
まさか自分がその面倒臭い生き物になるだなんて思いもしなかったけど。


バイトもない完全オフを使って1人買い物に繰り出した。
行き交う人たちは家族やカップルが多い。
そこに自分を当て嵌めてみたけど、想像力が乏しかったのか上手く行かなかった。
「あれ!名前じゃん!
聞き慣れた声に振り向けばそこには高尾と…
「名前!久しぶり」
「さな!」
高尾の彼女であり、私の友人であるさなが居た。
カフェに誘われて3人でテーブルを囲む。
大学が違う彼女とはなかなか会う機会がないので嬉しい。
他愛も無い話をしていると高尾が今現在の私の地雷を踏んだ。
「名前も早く青峰とくっ付いて俺らみたいにラブラブすればいいのにな〜」
「え!名前好きな人いるの!?」
「っぶぅッ!」
「うっわ、名前大丈夫かよ!」
高尾の言葉にはイラっと来ただけだったのに、さなの発した『好きな人』という言葉に過剰反応した私。
飲み掛けた水をグラスに返した。
高尾は私の目の前でさなに青峰くんとの事を話した。
真太郎の馬鹿、このお喋りに全部話したな!!
さなは終始微笑みながら高尾の話を聞いていた。
彼女が出す柔らかい空気は、きっと高尾が居るから作り出されるんだろう。
『好き合う』ってこういう事なんだろうか。
私にはやっぱり自分のそれが想像出来なかった。
「名前と青峰ってきっと性格似てんだと思うぜ?」
「な、何!?」
「どっちも意地っ張りでなかなか素直になれないとこ」
「ちょ、一緒にしないでよ!」
「それか名前が鈍感すぎるとかじゃないかな?」
「そりゃねえよ、もういい加減気付いてんだろ」
ずっと寄り添って笑い合いながら話す2人を見ていた。
2人は大学に入ってから同棲している。
いつもこんな風に仲良く出掛けて、楽しい時間を過ごして、2人の家に帰って、また笑い合っているのだろうか。

その日、さなに言われた言葉がずっと頭に残っていた。
『名前がもう家に帰りたくないって言うならそれは仕方ないけど…そこに帰りたいって思うなら、多分そういう事なんだよ』


数日後。
私は叔父さんの所に行く為に玄関で靴を履いていた。
叔父さんから貰った契約書類を持って。
郵送でいいって言われたけどそれは止めた。
靴を履き終えた所で寝起きの青峰くんがやって来た。
「あ……おはよ」
「…おー。どっか行くのか、ああ…不動産か」
「うん」
「…」
「じゃあ……いってきます」
「おー、いってこい」
『おかえり』はあったけど送り出す言葉を言われたのは初めてかもしれない、と思った。
ここが自分だけの家じゃないって事、改めて実感してしまって妙に恥ずかしくなった。


帰りたいか帰りたくないか
一緒に居たいか居たくないか

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