「…酷い顔なのだよ、亡霊かお前は」
「酷い真太郎酷い」
私は真太郎に縋る様にして相談していた。
勿論真太郎はいつもの様に毒舌だ。
「で、お前は結局引っ越すのか」
「…」
「決められないのか、優柔不断なヤツなのだよ」
「今日は優しくして下さい真太郎様」
そうだ、今の私は優柔不断だ。
今私の頭を悩ませているのは青峰くんだ。
結局私を抱き締めたまままた寝始めてしまった青峰くん。
ガッチリ捕まって暫く動けなかった。
やっと抜け出せたのは30分くらい後だったか、青峰くんが完全に寝入ってから這い出た。
それから部屋の片付けを済ませて真太郎の家に直行して現在に至るというわけだ。
「本気、か」
「何が本気なんだか…」
「お前も捻くれているからな」
「否定はしないよ」
「女の影が無くなったのだから素直に受け止めればいいものを」
「…あったからこういう状況なの」
「新しい女が居るのか?」
「コンビニで抱き付かれてるの見ちゃったし」
「…はぁ」
「幼馴染だって弁解してたけどね」
「幼馴染だと?」
「うん。都合のいい言い訳でしょ」
「青峰に女の幼馴染なら確かに居るのだよ」
「…え、そうなの?っていうか真太郎はいつから青峰くんの肩持つようになったの」
「なッ!別にそんな気は更々ないのだよ!お前が馬鹿だからだ!」
「酷い!」
用があるから帰れと真太郎に追い出された私は更に頭を悩ませながら帰宅する事になった。
恐る恐る玄関を開けると青峰くんの靴がなく、どうやら今はバイトに行っている様だ。
ホッと胸を撫で下ろしてソファに身を投げ出した。
『冗談キツイぜ』
『誰が逃がすかっつってんの』
『ハッ、俺は本気だけどなァ』
『おー、バカにすんなよ』
あの時の言葉とずっしりとした青峰くんの体の重みを思い出すとドキドキと心臓が暴れ出す。
酷い、重症だ。
逃げ腰の私は一番楽になれる方法を模索していた。
この引っ越しを見送れば常に息苦しい思いをしながら暮らす事になる。
息苦しいっていうのは…言うまでも無いけど始めの頃の『息苦しい』とは意味も症状も違うのだけど。
息が詰まって死んでしまうのではないかとさえ思ってしまった私は、叔父さんから新しく貰った書類を引っ張り出してペンを走らせた。
全ての項目を書き終えて後は印鑑を押印するだけ。
部屋に印鑑を取りに向かった。
部屋に入った瞬間携帯が電話の着信を知らせる。
バイト先からだ、シフトの事かもしれない。
予想通りシフト変更の電話で通話は数分で終わり、印鑑を持ってリビングに戻る。
そこで見た光景に思わず本音が漏れた。
「げ」
「…おい、げってなんだよ…っつうかコレなんだよ」
「あ!」
バイトから帰ったらしい青峰くんが手にしていたのはアパートの契約書類だった。
急いで詰め寄って手を伸ばしたけど、この身長差で届くわけも無く掠りもしない。
眉間にたっぷり皺を寄せた青峰くんが私を見下していた。
「コレ、必要ねーだろ」
「あ、あるからココにあるんでしょ」
「必要ねーよ」
「なんで青峰くんがそんな事言うかな」
「…言っただろ、逃がす気ねえって」
「意味分かんない」
「バカか」
「馬鹿馬鹿って真太郎といい青峰くんといい!」
「また緑間かようぜえ。もう会えねえように閉じ込めるか」
「!ら、拉致監禁罪だ!拉致と言えば!私のタオルケット返して!」
「んだよ拉致って…タオルケット?もうアレは俺んだ」
「はぁ!?」
「毎日使ってんだから有り難く思えよ」
「へ、へ、変態!!」
「ああ!?なんでだよ!」
「い、いい!タオルケットはもういいからそれ返して!」
「無理」
「もうッいい加減にッ」
パシッと乾いた音を立てて、書類に向かって伸ばした私の腕を青峰くんの手が掴んだ。
書類はテーブルに放られて散らばり私はそのまま腕を引かれて青峰くんの腕の中に飛び込んで…
「く、苦しッ」
「もう観念して俺のんなれよ」
「!」
「誕プレ貰ってねーし、お前でいいわ」
「!はぁ!?」
勝手な事ばかり言い続ける青峰くんを怒りを込めて腕の中から勢いよく見上げたのだけど、私は見上げた事を後悔した。
満足気にニッと口許を吊り上げたその顔は
私の心音を馬鹿みたいに速めた
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