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空き部屋、あります

8月の終わり。
久しぶりに叔父さんから連絡があった。
『名前、朗報だぞ。いい部屋が空いたよ』
「え?」
『大学に割と近い所のアパートなんだけどね。急に引っ越した人が居て今ならまだ空いてる』
「…そ、そうなの?」
『あれ、なんだその反応。嬉しくないのか?』
「そういうわけじゃないけど」
『住めば都になったって事か?』
「…そういうわけでも、ないけど」
『なんだよ、珍しく歯切れが悪いな。とりあえず1、2週間くらいは取っといてやれるから、決めたら連絡してな?』
「うん、分かった。ありがとう叔父さん」
通話を終えた私は酷く戸惑っていた。
引っ越す…つまりここから出て行くという事。
この家に帰るのが当たり前の事で、ここに青峰くんが居るのが当たり前の事で、いつの間にか居心地がいいとさえ感じる様になってしまった私は…
「…こらこら、どうした私」
『引っ越す』という言葉が出た時、まず思い浮かんだのが青峰くんの顔だった事に戸惑ったのだ。
どうやら私の感情は恐れていた次の段階に進んでしまったらしい。

後日、叔父さんからアパートの資料と契約に必要な書類が送られて来た。
『本当に人気で凄くいい物件だから、写真付きの資料を見て確認して気に入れば書類も書いておいて』というメッセージ付きで。
大学に近い、築年数2年、日当たり良好、交通の便がいい、立地も申し分ない…所謂優良物件で、これを見逃す人なんて居ないだろうと思う。
バイトの帰り道をトボトボ歩く。
今日は私は夕方までで、夜勤務の青峰くんとはすれ違いだ。
近所のコンビニまで来た所で見慣れた後姿を見つける。
声を掛けようとして踏み止まる。
大きな体に隠れて見えなかったけど、少し体をずらした青峰くんの向こう側に女の子が居た。
綺麗な髪が靡いていて、なんていうか…凄くスタイルがいい。
でも顔はよく見えないし何を話してるかも分からない。
気付かないフリをして通り過ぎる事にしたのだけど、その前に衝撃的な瞬間を見てしまった。
女の子が勢いよく青峰くんに飛び付いたのだ。
抱き付かれた本人は特に嫌がる素振りもなくじっとしている。
「ふぅん」
『やっぱりか』なんて冷めた感情と妙なモヤモヤが混在して気持ちが悪い。
こんな自分が嫌で足早に通り過ぎようとしたら、大分離れているというのに呼び止める声が響いた。
「おい!」
…答える義理はない。
『おい』で分かるか!
誰に向かって呼んでるんだと捻くれ者の私は無視を決め込む。
直後、
「おい苗字!」
多分初めて、青峰くんが私の事を呼んだ。
心の中で一瞬の間を置いて、聞こえないフリをしてその場を後にした。

「だからお前は馬鹿なのだよ」
「また馬鹿って言った」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い」
「もうそれ決め台詞?」
帰宅するつもりが迷惑を顧みず緑間家に直行した。
心の中のモヤモヤを全部吐き出せば恋愛博士でもないくせに貶された。
「住み続けたいなら住めばいい、引っ越したいなら引っ越せばいい、ただそれだけの事なのだよ」
「…くそう、真太郎の意地悪」
相談した事を少しだけ後悔したけど、誰かに話した事で幾分か気持ちは楽になっていた。
そして、真太郎の言う事はごもっともだ。
「早く出て行きたいって思ってたのにね」
「過去形だな」
「ていうかさ、あそこ私の家だし」
「青峰の家でもあるのだよ」
「…。女の子に抱き付かれてたの見てショックで出て行くみたいでなんか気に入らない」
「それがお前の本心なのだよ、馬鹿め」
「真太郎の馬鹿!違うし。叔父さんから電話が来たのが先だし」
「ふっ」
「ああ!笑ったな!」
「本物の馬鹿なのだよ」
「……分かってるよ」
「どちらにせよお前に与えられた期限は残り1週間程なのだろう?」
「…うん」
「ギリギリまで考えればいいのだよ。引っ越すのか、そのままあの家で暮らすのか」
「うん」

真太郎の家から帰宅する頃には23時を過ぎていた。
なんとなく重く感じる玄関の扉を開けると靴を履こうとしている青峰くんと鉢合わせた。
「お前、何処行ってたんだ?」
「真太郎んち」
「…バイト終わって帰ったんじゃ無かったのかよ」
「いいでしょ別に何処行ったって」
「つうかお前、俺の事シカトしやがったな」
「何の事?」
「はぁ?しらばっくれんなよ、コンビニんとこでだよ」
「知らないよ。女の子とお楽しみ中の人は見掛けたけど」
「やっぱアレお前だったんじゃねーか」
「わお!お楽しみを否定しないとか!」
「何わけ分かんねー事言ってんだ」
「ていうか家上がりたいので退いて下さい」
「…」
「おいおいどっか行くんじゃないの?」
妙な言い合いの後、黙り込んだ青峰くんが私より先に家に上がった。
何処か出掛けようとしてたはずなのに。
顔を顰めて青峰くんを見たら同じ様に否それ以上に眉を顰めて…
「…お前が帰ってくんのおせーからだろうが」
そんな事を言って来るものだから暫く玄関に立ち尽くす事になった。


ちょっと待ってよ
それじゃあまるで…

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