そんな事言われる筋合いはないし
そんな仲でもない。
ある日、私は頭痛が酷くて午後の授業を保健室で過ごしていた。
ベッドに横になってウトウトしているとカラカラと控えめな音を響かせてドアが開いた。
「先生すいませーん。ちょっと肘擦り剥いちゃって」
…この声は黄瀬。
ああ、そういえばこの時間の私のクラスは体育だったか。
肘を擦り剥いたくらいで来るな。
でも確か先生は今居ないはず。
考えながらボーっとしていると背後でカーテンが揺れる気配がした。
「…苗字さん」
「!!」
「寝てるんスか?」
「…」
「んー、残念」
とりあえず壁の方を向いて寝転がってて良かった。
でも完全に起きるタイミングを失った。
身動ぎも出来ない。
早く手当てして居なくなれ!
心の中で叫んでじっと耐えていると、顔のすぐ近くに何かが迫る感じ。
それは私の頬をそっと掠めた。
!!
黄瀬の、手だ。
私の頬に掛かった髪を後ろに流すようにその手は動いた。
「苗字さん」
「…」
「…名前」
!?
突然名前で呼ばれて体が動きそうになったのを必死で耐える。
何?意味が分からない。
「なんなのホント、あんたって」
「…」
「ムカつく」
「…」
「感じ悪いッス」
「…」
「…あーあ」
なんなのとかムカつくとかそんなのこっちの台詞だ。
人が寝てるのをいい事に言いたい放題、いや寝たふりだけども。
私が何をしたってい言うのか。
その後暫く動く気配がなかった。
背後に黄瀬が居るという状況で眠れるわけもなく、黄瀬が保健室を出るまで寝たふりを決め込むしかなかった。
疲れた。
放課後、悠が私の分まで帰り支度を済ませて保健室に来てくれた。
大分顔色が良くなったと言われてホッとする。
途中生きた心地がしなかったけど。
「悠。今日の体育の時さ、黄瀬って怪我した?」
「黄瀬?いや、途中抜けたみたいだけどトイレじゃん?」
「トイレ?」
「うん。男子に戻んのおせえよって言われて『ごめんごめん、大だったんスー』とか言って笑いとってたけど…うざ」
「そ、そうなんだ」
なんで保健室来た、黄瀬。
擦り剥いたくらいで保健室来るのが恥ずかしかったとか?
…変なヤツ。
「じゃあ名前、私部活行くからさ」
「うん、ありがとう。助かった」
「お安い御用!また明日ね!気をつけて帰んなよ」
「うん!ありがと!バイバイ!」
書道部で優秀な悠は、3年不在の中2年を差し置いて1年で部長を務めてる。
かっこいい事この上ない。
悠が出て行ってすぐ私ものそのそと保健室を出た。
靴を履き替えようと下駄箱を開けるとローファーの上に紙の切れ端が乗せてある。
なんだろうと手に取ると、そこには『今日は帰っていいッスよ!ゆっくり寝る事』と書かれていた。
名前は無いものの誰が書いたかなんて一目瞭然だ。
いつから私はこんな事言われるような対象になった?
今日は帰っていいとか…人の携帯取り上げたりローファー持ち出したりして、向こうが私が待たなきゃいけない状況作ったくせに。
顔を引き攣らせ、クシャっと紙を握り締めてからローファーを地面に放った。
「あれ?キミ、黄瀬の…」
結構近い所から声がしたので振り向くと、背の高い多分先輩?が立っていた。
それよりも、黄瀬の…なんだ!?
もう嫌な予感しかしない。
「彼女!」
「違います!」
出たよ、またコレか。
って事はこないだの笠松先輩と同じ、きっとバスケ部の先輩なんだろう。
「違うのか?」
「だから違います」
「そうか。あんまり黄瀬からキミの話題が上がるものだから」
「え…」
「バスケ部内では有名だよ?」
「な、何が有名、なんですか?」
「黄瀬にまともな春が来たって」
「はい!?」
「なんだ、違うなら話は別だな」
「…」
「俺の事知ってるかな?森山って言うんだけど…黄瀬じゃなくて俺にしてみない?」
「部活頑張って下さい、じゃ」
「わー、華麗にスルー!」
森山先輩(すいません初めて知りました)を軽くスルーして足早に学校を去った。
しかしなんださっきの話は。
バスケ部内では有名?
まともな春が来た?
黄瀬に?
彼女って…
その対象が私だって事?
そんなのあるわけないじゃないか。
どうでもいいけどさっきの先輩、残念なイケメンだったな。
ふとそんな事を思いながらの帰宅。
黄瀬のせいで知り合いが増える。
関わりたくもないのに。
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