よく言うよね。
噂には尾鰭が付き物。
『苗字さん!お待たせッス』
『…黄瀬の事は待ってません』
『ふはは!はい、携帯!』
『…。じゃ』
『待った待った、ホントに1人で帰る気?』
『うん』
『釣れないッスねぇ』
『釣られる気は全くないから』
『そうッスか、残念。なら…』
そんな言葉が小さく聞こえた瞬間無駄に整った顔が急に近付いて…
ほっぺにキスされた。
『!!』
『いただき』
『…』
『あれぇ…反応なし、か』
最悪だ。
どっかから小さい悲鳴が聞こえた…誰かに見られたらしい。
ごし、とほっぺを拭いた。
黄瀬が目を見開く。
『…キミみたいな子、初めて』
『何がしたいのか分からないけど、こういうのは他当たって貰えるかな』
『あっはは!ホント最高!』
こんな感じでまた問答無用で手を引かれて家まで帰った。
という事はつまり黄瀬は私の家を知ったというわけだ。
だからってどうというわけじゃないけどなんとなく嫌。
それで今日。
登校すれば至る所から大きなひそひそ話が耳に入って来るわけだ。
「苗字さんが昨日黄瀬くんに言い寄ってたってホント?」
「部活終わるの待ってたの見たよ!」
「見た見た!ずっと応援席に居たよ」
「帰りにキスしてるの見たって子が居るんだって」
「うわ、マジ!?」
「付き合ってないよね?」
「まさか!そんなの女の方の片思いでしょ」
色々突っ込み所満載だけども最後のだけは聞き捨てならん。
ジロリと振り向くと全力で顔を逸らされた。
聞かれて困るならそのでっかい内緒話を止めなさい。
イラつきMAXで教室に辿り着けば悠が闘牛のように突っ込んで来た。
「ねえ…名前の事やんや言ってる女共、ぶっ潰して来ていいかな?」
「笑顔引き攣ってるよ悠。可愛い顔が台無し」
「あんたね、いくら興味ないったってあんな変な噂立てられたら!」
「言わせておけばいいよ、事実無根なんだし」
「はぁ…。そんな所が大好き名前」
「ありがと」
鼻を膨らませてご立腹の悠様を鎮めて一息。
これ以上事態が大きくならない事を願う。
「今日の人質はこれッス」
「は?」
放課後、万遍の笑みで現れたのはまたしても黄瀬。
手にはローファー。
勿論私のだ。
盛大な溜息をつくと、黄瀬は私に背を向けてさっさと体育館に向かう。
着いて来いって事?
悪いけどそんな気は全く無い。
黄瀬とは逆方向に体を向けて歩き出せば、それに気づいたのか焦ったような声が響いた。
「ちょ!苗字さん!どこ行くんスか」
「どこって、帰るんだけど」
「それじゃ帰れないッス」
「いや、帰るッス」
「は!?靴なくてどうやって」
「さあ?考え中?」
「…なんなんスかマジで」
「それはこっちの台詞」
そんな押し問答をしていると黄瀬の後ろから大きな声が上がった。
「黄瀬!!」
「ぅげ…か、笠松先輩」
「何やってんだよお前は!あ…黄瀬の彼女」
「違います」
「即答!?違うのか!?黄瀬!?」
「か、笠松先輩!今行きますから!」
「お前が来ねえから見に来たんだよ!おせえよバカ!」
「す、すんません」
「つか何してんだよ黄瀬!…おい、これ彼女の靴じゃん」
「…あ」
ドカッ!!!
「いたぁあああっ!!」
笠松先輩?のローキックが黄瀬に炸裂した。
超痛そう。
「あー、えっと名前ー」
「あ…苗字です」
「おう、苗字さん?」
「あ、はい」
「わりぃな、このバカが」
黄瀬より小さい笠松先輩が黄瀬の首根っこを掴んで謝って来た。
その吊るされた姿が情けなくて笑える。
「っぷ、大丈夫です」
「ったく。行くぞ、黄瀬」
「…」
黄瀬はというと何故かポカンとして笠松先輩に摘ままれたままだ。
その黄瀬からローファーをあっさりと奪い返して先輩にお辞儀をする。
「ありがとうございました。部活、頑張って下さい」
「おう。サンキューな」
未だ呆けた顔の黄瀬を置いてやっと下校に至ったのだった。
尾鰭が付き過ぎだ。
彼女って何。
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