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願い

「七夕って本当に意味あるんスかね」
「…さあね」
「お祈りして何だって叶うなら苦労しないのに」
「それは同意見」
「っはは、珍しく意見が合ったッスね」
「そんな事誰でも思うと思うけどね」
「そこは肯定しといて下さいッス。…短冊か…意味、あんのかな」
「…意味があるから、有るんじゃないの?」
「アンタが言うなら、そうかもしれないッス」
「素直で気持ち悪い」
「俺は元々素直ッスよ?」
そんな不毛な会話をしながら私は黄瀬に手を引かれて神社の階段を登っていた。
引っ掛ける程度の私の指をぎゅっと握り締める黄瀬に少しだけ嬉しいと感じてしまう自分を恥じた。
振り返れば眼下には煌々と光る電球に照らされて屋台が並び賑わっている。
家族や友達や恋人や沢山の人が楽しそうに祭りを楽しんでいた。
上を見上げればずらっと並んだ灯篭がぼんやりとオレンジ色に境内を照らして、さわさわと揺れる笹の葉の緑を際立たせている。
チラリと隣を盗み見る。
黄瀬は白地に藍のランダムな縦縞が入った、高校男児がなかなか着そうにない浴衣を着ていた。
そもそも男は大抵甚平だと思い込んでいた私にとっては黄瀬が『浴衣』を着て来た事自体驚きだったのだけど。
それをあっさり着こなしてしまう辺り、やっぱりコイツはモデルやってるだけあるなと思う。
そこから自分に視線を移して項垂れる。
浴衣は着て来てはみたもののとても自分に似合っているとは思えなかった。
悠に『絶対コレがいい!』と言われた可愛らしい浴衣を却下して自分で選んだ浴衣。
奇しくも黄瀬と色が被っていた。
白地に藍や紫で矢羽根や菊が描かれたものだ。
臙脂の帯がグレーの黄瀬と被らなかっただけマシか、今時ペアルックだなんて思われたくはない。
「ほら、着いたッスよ」
「あ」
いつの間にか階段を登り切っていて、私たちの目の前は笹の葉に短冊を括りつけている沢山の人で溢れていた。
私の手を引いて端に置かれたテーブルに向かう黄瀬。
短冊とペンを掲げて私を見た。
「勿論書くッスよね?」
「え、嘘…意味あるの?とか言ってたくせに」
「それとこれとは別ッス」
「よく分かんない」
「いいからいいから」
黄瀬に促されて私はペンを執った。
勿論書く事なんて決めてない。
というか浮かばないのだ。
特に欲しい物もないし現状に満足してる。
「………え」
『満足している』そんな事を思った自分に驚く。
隣でうんうん唸って何を書くか考えてる黄瀬を見た。
黄瀬とこうしている時間が私を満足させてるとでもいうのか私は。
「ん?どうかした?」
「!べ、別に!」
「もう書けたんスか?って、全然真っ白だし」
「う、うるさい!そういう黄瀬こそ」
「………涼太」
「…」
「涼太」
「…き、」
「涼太」
「…りょ…涼、太」
「うん、なんスか?」
「ッ」
黄瀬が笑った。
黄瀬はよくこうやって態と私に『涼太』と呼ばせては返事をして満足気に笑う。
それを見て自然と上がる自分の頬。
ストンと、堕ちた。
「そっか…あーあ、そういう事」
「なんスか?1人で納得して」
問い掛けて来た黄瀬を無視して短冊にペンを走らせる。
書き上げたそれに糸を通して黄瀬を振り返った。
「書けた、涼太は?」
「!お、俺はもうとっくに、」
「何どもってんの」
「や、アンタがいきなり名前で呼ぶから」
「そうしろって言ったの涼太だし」
「!そ、そうだけど、なんなのホント」
「ほら、短冊掛けよう」
「ああ!待って!」
黄瀬を置いて笹の葉を手に取り糸を結び付ける。
遅れて来た黄瀬もその隣に括り付けた。
短冊が風に靡いてヒラヒラと舞った。

『涼太が笑って、私も笑っていられますように』
『名前が俺を名前で呼んで、笑ってくれますように』

「「願い叶ってるし」」
素直じゃなくてぶつかっていがみ合ってばかりの私と黄瀬。
行き着いた単純な願いに2人笑った。
ポツ、ポツ…
頬に当たった水滴に雨が降り始めたのだと知る。
そう強い雨でもないとボーっとしていれば黄瀬が私の手を引いた。
「どっか雨宿り」
「え、っわ」
周りの人たちも神社に隣接された小屋や大樹の下に潜り込み雨宿りを始めた。
私が黄瀬に連れられて来たのは境内から少し離れた所にある木の下だった。
「風邪ひかれたら困る」
「え」
黄瀬が一歩私に近付く。
浴衣の袖で私の頭の雨粒を拭う黄瀬を押し戻そうとしたけど逆に抱き締められた。
「な、何」
「何って…駄目?」
「…暑い」
「七夕ってさ」
「人の話聞いてないし」
「大抵曇りか雨な気がする」
「ああ、そういえばそうかも」
思い返してみたら確かにそうだったかもしれないと頷く。
単なる星伝説だって分かってるけど、この天気じゃ織姫と彦星は会えずにまた1年を耐えなければならないのかと柄にもなく切なく思った。
「天の川、1回でいいから見てみたいかも」
「アンタがそんな事言うなんて意外」
「なんかそれ失礼だよね」
「でも、見れるなら俺も見てみたいッスけど」
「ふーん」
「あれ…なにその興味ない感じ」
ジト目を向ける黄瀬を無視して、黄瀬の顔の上、木の葉の隙間から空を見上げた。
雨雲が空を覆ってどんよりと重そうだ。
ふと視界が鮮やかな黄色で埋まる。
何?と声を上げる前に唇を塞がれた。
「ッん、」
そっと離れていく憎らしい程端正な顔を見つめていれば、その顔が破顔した。

「まぁ、俺は天の川なんか見れなくてもまた来年こうやってアンタと居られればそれでいいッスけど」
あまりに純粋なその笑顔と言葉に、私は憎まれ口の1つも出せずに顔を赤らめた。
私だって同じ気持ちだなんて、言ってやらない。


「ああ、そういえばその浴衣、似合ってるッスよ…名前」
「…涼太もね」
雨が上がった。
END
20140711

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