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初めての○○

「ねえ、黄瀬」
「…」
「ねえってば」
「…」
「黄瀬」
「…」
「…」
「ちょ!何処行くんスか!」
「呼んでも返事もしないヤツなんか知らない」
「違っ!名前!名前で呼ばないと返事しないって約束!」
「そんな約束した覚えないから」
「ま、待って!」
黄瀬の制止を無視してスタスタと歩みを進めれば、大きな男が情けない顔をして追い掛けて来た。
そして私の隣に並んで一歩距離を詰める。
するとボソリと小さく声が聞こえた。
「手、繋ぐから」
「…いちいち言わないでよ」
「手」
「…」
「…手」
「…」
「…」
「ちょっと…繋ぐの!?繋がないの!?」
「つ、繋ぐって言ってんだよ!」
「じゃあ繋げば!?」
「うるせえな!言われなくても繋ぐよ!」
「!」
「!」
「「…」」
何この寸劇。
ガチガチに肩の上がった黄瀬が力一杯私の手を掴んだ。
黄瀬と手を繋ぐなんて、そう…体だけが繋がったあの日以来だ。
途端にあの時の事を思い出してしまい猛烈に顔が熱くなった。
それを隠す様に咄嗟に俯けば、私の手を握る黄瀬の手に更に力が込められる。
「名前…」
「!な、何」
「やばいッス…その顔」
「見るな馬鹿」
「ツン発揮ッスか」
「…」
隣から屈んで覗き込んで来る気配を感じるけど私はまともに黄瀬の顔が見れない。
私たちはぎこちなく手を繋いだまま歩いた。
今日は…所謂『デート』っていうヤツだった。
黄瀬と『付き合う』事になって初めての。


黄瀬の買い物に付き合ってお昼を食べてまた買い物をして、気付けば日が暮れ始めていた。
薄暗い道を2人で歩く。
最初のうちに比べたらお互い手を繋ぐ事に抵抗も無くなり、ぎこちなさも少しは消えたと思う。
時々黄瀬が見せる笑顔につられて自分も笑っている事に気付いた時は驚いた。
ほら、また笑った。
コイツのこんな笑顔は雑誌や学校では見られない。
そう思うと自分は特別なのかもしれないと思えて、不本意ながらも頬が上がった。
大層気持ち悪い顔をしてる事だろう。
なんだかんだでやっぱり私は黄瀬が好きなんだろうと思う。
何処がどうとか分からない。
多分『黄瀬という人間』に魅かれてる。
こんな気持ちになった自分に驚く。
そんな私を見た黄瀬がもっと驚いた顔をしたから思いっきり手の甲を抓ってやった。
「いったぁ!ちょ、なんで抓るんスか!」
「腹が立ったから」
「はあ!?…ああ、俺の笑顔がかっこ良過ぎて?」
「寝言は寝て言え馬鹿」
「冗談ッスよ。あんた、やっぱ笑うと可愛い」
「!ば、ば、馬鹿じゃないの」
「極度のツンにも慣れて来たッス」
「もう勘弁して」
「勘弁?何言ってんの、今日はまだこれからッスよ」
「は?」
「まさかもう帰ろうとか思ってたんスか?」
「…だって、もう暗くなるし」
「……はぁー」
「な、何その溜息は」
「帰さねえよ」
「!」
語気の強い言葉とは裏腹に、思いの外優しく手を引かれて黄瀬の腕の中に納まった。
人気のない架橋下の短いトンネルの前、辺りを見渡して嫌な予感に口元が引き攣る。
「…とりあえず歩こう」
「もう歩き疲れたッス」
「いやさっきまで普通に歩いてたよね」
「充電が必要」
「な、ならさっさと帰って休むのが一番」
「家まで歩く力も無い」
「は、はい!?」
「充電させて」
「意味分かんない」
「分かんなくていい。勝手に充電させて貰うから」
「な、!!」
突然頬を両手の平で挟まれて上を向かされ、屈んだ黄瀬の顔が一気に近付いた。
驚いて目を瞑ればすぐさま重ねられた唇。
時折歯同士がぶつかる鈍い音が脳に響く。
学校中を騒がせるイケメンと称されるこの男が、こんなにキスが下手だなんて誰が考えるだろう。
それがなんだか笑えて少しだけ余裕を齎した。
拙く長いキスの合間にふっと笑いを漏らせば、頬にあった手は頭と腰に回って体は密着し、また歯がぶつかった。
「何笑ってんだよ」
「ふ、別に?…首が痛い」
「これ以上屈めないから。そしたら抱き締められないし」
「……もう終わったんでしょ、充電ってやつ」
「ん?まさか」
「は?」
私を腕から解放してまた手を取った黄瀬。
歩き出した彼が向かうのは私の家とは逆方向だ。
どうやらコイツの充電はさっきのでは満たされなかったらしい。
「まだまだ帰す気ないから」
そう言ってまた私の手を強く握った。


「俺の名前、いっぱい呼んで貰うッス」
「!」
無事自分の家に帰れる気がしなかった。

20140513

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