REAL | ナノ

18

一度知ってしまった感覚は私を蝕んだ。
それは忘れようとすればする程に絡みつく様に。


トイレの個室に籠って手鏡を覗き込んだ。
ワイシャツの襟になんとか隠れるくらいの位置でその存在を主張する鬱血痕に溜息を漏らす。
指で触れればあの時の感覚が甦る様で、その生々しい記憶に体が震えた。
黄瀬とまさかの関係を持ってしまった私は黄瀬を取り巻く派手な女の子以下に成り下がった。
『成り下がった』だなんて言うとその取り巻きの女の子たちが酷く下等なものなのかと言う事になるけど…実際今までの私は彼女たちをそんな目で見て来たのだからそういう事なのだ。
そして、それ以下の私。
もう終わりだ。
自覚してしまったのだ。
自分は黄瀬涼太という男を…。
暴言を吐きに来なくなった事に虚無感を覚えていた時点で分かりきっていた事だ。
だけど認めようとしなかったのは私のちんけなプライドが邪魔をしたせい。
関わりたくないと、こんなヤツ絶対好きになんかならないと思っていた男を…まさか『好き』になってしまっただなんて。
まだ黄瀬の外見に惚れてキャーキャー言っている方がカワイイものだ。
初体験の相手に惚れるなんて、男からしたら面倒臭い事この上ないタイプの女でしか無いだろう。
そんな女に成り下がった自分が酷く滑稽に思えた。
そんな事未だに認めたくなんか無いけど認めざるを得ない状況。
腰や下腹部が痛んで疼いた。
それよりももっと、胸が痛んで疼いた。
昨日朦朧とする意識の中黄瀬から落とされた最後のキスは…息苦しくなる程甘くて優しくて、余計に胸が痛んだ。
去り際、私を見下ろす黄瀬の切なげな瞳が頭から離れない。


今度は私が黄瀬と目を合わせられなくなる番だった。
一方の黄瀬からは以前通りの視線を感じる。
ただ、私がそっちを見る事は無い。
その視線から逃れる様に常に行動していた。
正直疲れる。
「名前?」
「え」
「ちょっと名前、大丈夫?」
「あ、ごめん。どうかした?」
「どうかしたはこっちの台詞だよ。どしたの、ボーっとして」
「!あ、ああ…ちょっと、風邪なのかな…怠くて」
「え!大丈夫なの!?早退する!?」
「ちょ、悠!声大きい!平気だから!」
まさか悠にアノ事を話せるわけもなく私は嘘をついてしまった。
私を心配して悠が大声を上げたのに反応して斜め前の黄色が振り向く。
物凄い視線を感じるけど、勿論私は顔を上げる事なんて出来ない。
「名前、熱でもあるんじゃないの?」
「だ、大丈夫だって!あと1時間で帰りなんだし」
「…本当?あんたすぐ無茶するから」
「無茶って…ごめん、いつも心配掛けて。でも大丈夫だから」
「んー…分かった、辛かったらすぐ言いなよ?」
「うん、ありがと」
悠に嘘をつくのは辛く、チクチクと胸が痛んだ。
かと言ってあんな事…言えるわけない。
勿論私の気持ちだって…。
私は黄瀬の視線をなんとか回避して、今日最後の授業に集中する事で今だけは嫌な事を全部忘れようとするのだった。


痕がだんだんと薄くなる様に。
私の想いも消し去ってはくれないだろうか。

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