REAL | ナノ

15

いつものその鋭い瞳から視線を逸らした。
負けた気がしたけど仕方なかった。


「ちょっと!勝手に上がらないで!」
「お邪魔しまーす」
「ちょっと!!」
「あれ、1人でお留守番スか?」
「ねえ!聞こえてるよね!?」
「…今外出ていいんスか?」
「は?」
「近くまで着いて来たファンの子撒いて来たんスけど、まだ多分そこら辺うろついてるんスよね」
「は」
「アンタんちしっかり表札あるし、今ここから出てったの見られたら…」
「………上がれば」
「じゃ、遠慮なく」
嘘だかホントだか分からない話を聞き入れて、私は黄瀬を家に上げた。
以前の私なら…そんな理由物ともせず家から追っ払っていただろうと思う。
断らなかったのは、そう。
笠松先輩から受けていた相談事を解決する為なんだ。
なんとか自分の行いを正当化して黄瀬をリビングに通した。

「笠松先輩、心配してたけど」
「…」
「あんな部員思いな主将さんに心配掛けて…」
「…」
ソファに向かい合って座っているが、少し俯いた黄瀬の表情は窺えない。
無反応な黄瀬を無視して、とにかく笠松先輩が心配しているんだという事を伝えた。
ちょっと説教染みていたかもしれないが仕方ない。
依然何も返答は無い。
いつもの暴言スイッチはオンにならないらしい。
ていう事はやっぱり、私にもう吐き出すのは止めたって事だ。

ほらまた、胸がモヤモヤした。
連日襲われるこのモヤモヤの原因は本当は分かってる。
さっき黄瀬に『嫌い』だと漏らした時点で、更に『俺もッス』と言われた事で、それは明確になった。
ただ私は認めたくないだけだった。
『嫌い』っていうのは違うって事を。
自分の思考だけに意識を持って行かれていた私はハッとした。
ふと顔を上げれば目元に暗い影を落としてこちらを見る黄瀬と目が合う。
その目はやっぱり据わっていた。
珍しく逸らさず凝視して来るものだから戸惑った。
こんな風に気圧されるくらいに見られるのは初めてかもしれない。
思わず視線をずらしてしまった。
そうしてしまったのは恐怖。
それも、ただ単に目の前の黄瀬という存在が怖かったのではなく…
「苗字さん…」
自分が黄瀬に『堕ちる』のが怖かったのだ。
それを本当に自覚してしまう前に、認めざるを得ない状況になる前に…
他の女の子と同じ感情を抱いてしまう前に…
私は逃げた。
「…なんで、目逸らすんスか」
「!」
「いつも俺が気まずくなって逸らすまで見て来るくせに」
「き、黄瀬」
「なんで…見ないんだよ、俺の事ッ」
悲痛な叫びと共にいきなり胸倉を掴まれて立たされた。
仮にも女の胸倉を掴むってどういう事だ。
ああ、女と見做されてないのかと虚しく納得した。
そのままぐいと更に引っ張るものだから、私は片膝をローテーブルに乗り上げた。
体勢が悪くバランスを崩した私はグラリと横に傾く。
このままぶっ倒れると思ったのにそうはならなかった。
離されると思っていた胸倉は掴まれたまま。
そしてそれはもう一度、目の前の相手の力によって強く引かれる。
「え、ちょっと、!!」
ガチリという何かがぶつかり合う鈍い音。
それが何か理解出来たのは自分の口の中に鉄臭さが広がって、ぶつかった振動が体の一部を伝って全身に伝わった後。
黄色い髪が私の頬を擽り、閉じられた目を覆う女顔負けの長い睫が視界に入る。
驚いて口を開けばそこからぬるりと舌が侵入して来た。
「ん!」
抵抗する間もなく、胸倉から離れた手は今度は腰を掴んで引き寄せた。
もう片方の手は後頭部を力一杯掴んで、私は倒れ込む様にして黄瀬に捕らえられた。
重力に従ってソファに身を沈めた黄瀬から離れる事は叶わず、息つく間もない程激しく口を塞がれる。
ソファに両手をついて身を引こうとしても無駄だった。
抵抗を諦めた私に満足したのか、大きな手で優しく髪を梳いたその行為がまた私のモヤモヤを濃くする事を、黄瀬は知る由もないのだろう。


黄瀬の手が震えてたなんて見間違いだ。
間違いなく私の手は震えていたけど。

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