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第15Q

「もう平気だっつってんだろ」
「どこが!?熱あるからね!38度って高熱だからね!」


時刻は朝7時。
今朝も早よから姉弟喧嘩です。
1日じゃ治らなかったらしく、今日も38度の熱を出している青峰。
なのに昨日より断然楽だから大丈夫だの一点張りなのだ。
んなわけあるか!
フラフラしてるし顔も赤い。
こんな状態でまた置いては行けないとテツくんに電話しようとしたのだけど
「おい、余計な事すんな」
「余計じゃないでしょ!あんた1人にしとくと何仕出かすか分かんないんだから!」
「あぁ?ぁんだと?んじゃおめーが休んで見張ってろよ」
「だーかーらー、それが出来ないからこうしてテツくんに頼もうとしてるんでしょ?」
「テツなんかいらねーよ、融通効かねーしうるせーだけだ」
「こら!お世話になってんだからそういう事言わないの!」
「だー!っるせ…、う」
「ちょ、青峰!わ、ちょ!」
ドサッ
ゴッ
「いだっ」
なんて事だ。
正面から巨体が凭れ掛かってきた。
おかげで私はリビングの壁に頭と背中を強打だ。
言わんこっちゃない。
だからまだ布団にいなさいって言ったのに。
何処が平気なのだよ!
「う…」
「ほら、青峰!肩貸すからベッドまで頑張って」
「無理」
「馬鹿言わないでよ!私があんたを担いで行けるわけないでしょ!ほら!」
「…鬼」
「お黙り!ちょ、こら!お尻触んなバカ!」
「ああ?…ケチケチすんなよ」
「そういう問題じゃない!」
言い合いながらなんとかベッドまで辿り着き、嫌がる青峰をやっとの思いで寝かせた。
朝から疲れさせないで貰いたい。
それからテツくんに電話してまた来て貰おうと思ったのだが…
「え!奏も具合悪いの!?」
『はい、すみません。なので今日は僕行けそうにありません』
「うん、それは仕方ない。テツくん、奏の事よろしくね」
『勿論です。しっかり看病しますから安心してください。でも青峰くんはどうしましょう?』
「ありがとう。大丈夫だよ、今日は私も休むよ」
『大丈夫なんですか?』
「うん。ごめんね、テツくんに頼ってばっかで」
『僕は大丈夫です。では、青峰くんにお大事にと伝えてください』
「うん。ありがとうね。奏のお世話よろしく」
『はい、では』
有給を1日消化する事になった。
まあ正直、昨日の今日で夏村さんに会いたくは無かったので丁度いいのかもしれない。
頬に当たった唇の感触を思い出してしまい、ブルリと震えた。
頭をブンブンと振って悪夢を振り払い、寝室に向かう。
「…名前?仕事の時間じゃねーのか?」
「休みにしたよ」
「は?」
「奏も体調崩しちゃったらしくて、テツくん来れないんだって」
「…休んで平気なのかよ」
「えー何?さっきまで休めとか言ってた人が」
「っるせーな、お前俺が居ないとアイツにまた絡まれるから俺は…あ」
「え、何、…心配、してくれてたわけ?」
「ち、ちっげぇ!なんでもねーよ」
「え、なんなの大ちゃん、可愛いんですけど!」
「かっ!?可愛い言うな!」
「あ、大ちゃんはいいんだ、あはは」
「てめ、調子に乗ってんじゃ、う、いってぇ…」
「ほら、まだ熱あるんだから興奮しちゃ駄目だよ、大ちゃん」
「…くっそ、後で覚えとけよ」
「ふふ、はいはい」
「ガキ扱いすんじゃねー!」
あらあら、こっちに背中向けて不貞寝しちゃった。
なんだか今日はコイツが無性に可愛く思えちゃうんですけど。
夏村さんの事、なんだかんだ心配してくれてたんだ。
ベッドで丸くなっている青頭を一撫でして、部屋を後にした。


夕方、私は1人買い出しに出ていた。
家事をこなし、青峰の面倒を見ながらあっという間に日が暮れていた。
青峰は夕飯のお粥を食べて薬も飲んだので、今はまた寝ているはずだ。
明日青峰が1人でも大丈夫なように、スポドリや消化の良さそうな材料を買い込んで、早く帰ってあげなければと足を速める。
なんだか、弱った青峰がとても可愛く思えてしまって困っている。
今も布団で丸くなりながら早く帰って来いとか思ってるのかな、なんて想像してニヤついてしまうのだ。
もうすぐ家だ、と更に足を速めた所で異変に気付いた。
…家の前に居るのは、夏村さん。
「だから名前はいねーって言ってんだろ」
「ははは、そんな噛み付かないでくれよ大輝くん」
「馴れ馴れしく名前呼ぶな」
「なかなか元気そうじゃないか。名前ちゃんも過保護だね。弟くんがそんなに大事なんだ」
「用が無いならとっとと帰れって」
「いや、せっかく来たんだから名前ちゃんの顔も見たいんでね」
「名前はまだ帰らねーよ」
「…君は姉の事を名前で呼ぶんだね」
「そんなん何処にでも居るだろうが」
「僕の記憶が正しければ、彼女に弟が居るって話は聞いた事がないんだけどな。不思議だ」
「記憶ぶっ飛んでんじゃねーの?」
「そんな事は…あ、お帰り、名前ちゃん」
「名前!」
「こ、こんにちは、夏村さん。…何故ここに」
話の雲行きが怪しくなってきたのでつい飛び込んでしまった。
妙に鋭い所があるので余計な詮索をされては困る。
口パクで青峰が「ばかやろ!」と言っている。
それに苦笑いしながら青峰と夏村さんの間に滑り込んだ。
「今日は直帰でね。まだ途中なんだけど、君が休みって聞いて心配になって来ちゃったんだ」
「私の家、よく場所が分かりましたね」
「ああ、ほら。年賀状でね」
「…そうですか(怖いんだってば)」
「大輝くんの為なんだって?弟の為に仕事休んで看病なんて、随分と愛情を注いでいるお姉さんだね」
「そういうわけじゃ」
「まあ、名前ちゃんが元気そうで良かったよ。…僕は昨日の事で意識し過ぎちゃって休んだのかな、なんてちょっと自惚れてみてるんだけど」
「あ?…昨日の事?」
「な!なんの事ですか!意味が分からないので止めて下さい。弟はまだ具合悪いのでそろそろ…」
「あれ、ちょっと傷ついちゃうな。なんならもう一度…」
そう言って一歩近付いた瞬間手首を掴まれ、ぐいと引かれる。
昨日の感触が一気に再生されて全身が凍りついた。
ニコニコと微笑む夏村さんがどんどん距離を縮めて来る。
まずい。
自然と一歩後退した途端今度は後ろから腰に手が回り、ぐっと引っ張られる体。
「あんた、名前にちょっかい掛けてんじゃねーよ」
「あお、だ、大…輝」
吃驚して危うく青峰と口走る所だった。
私の手首を掴む夏村さんの手に力が入り、痛いくらいだ。
反対に、腰に回った青峰の手は思いの外優しい。
「…おいおい、大輝くんも随分お姉さんにご執心だね。僕は君とも仲良くしたいんだけどな」
「はっ、そりゃ無理だな。いい加減手離せよ」
「ん?離すのは君の方じゃない?」
「どう見ても嫌がってんだろ、離せ」
「な、夏村さん!痛いです!」
「!!…ごめんね。…ああ、赤くなってる。名前ちゃん、ごめん」
青峰と会話を交わす度に、夏村さんの手に力が入っていた。
さすがに痛くなって驚いて声を上げてしまったけど、当の夏村さん本人の方が驚いていたようだ。
目を見開いて手を離し、戸惑うように謝ってきた。
本当に申し訳なさそうな顔をしてる。
そして私の手を取り、赤くなった所に触れる。
「…ごめんね」
「だ、大丈夫ですから。あの、もう離し…」
「触んじゃねーよ」
玄関に響く地を這う様な低い声。
と同時に今度は力いっぱい後ろに引き寄せられた。
「…大輝くん、君は…。いや、長居して悪かったね。名前ちゃん、また会社で」
「あ…は、はい」
「…大輝くん、お大事に」
「…」
「す、すみません。ありがとうございます」
バタン
玄関の扉が閉まった途端一気に力が抜けて、後ろにくっ付いている青峰に寄り掛かる形になる。
文句の一つも出ないので嫌では無いようだ。
「…青峰、まだ体熱いよ。ベッド行こ」
「…」
「ちょっと?どしたの?っわ!」
無言で青峰の手にぎゅうと力が入り、まるで後ろから抱き締められているような体勢になっていた。
弟にしがみ付かれていると言うよりはむしろ、恋人にぎゅっとされているような…
あ、シャンプーの匂いがする。
シャワー浴びたのか。
そういや私と同じの使ってるけど…なんでだろう、なんか匂い違うな。
そこまで考えてハッとした。
私、何考えてるんだろ。
ないないない、有り得ないでしょ。
1人悶々としていると、不意に耳元に熱い息が掛かる。
「!?」
「…名前」
私よりずっと背の高い青峰が屈んで顔を寄せていた。
重低音で囁かれて、全身が震え上がるような感覚に襲われる。
でもそれは何故か、夏村さんの時とは違う感覚。
私、変だ。


「あ、青峰!熱いって!まだ熱が…」
「ちょっと黙ってろって」

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