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第14Q

「テツくん、お願いがあるんだ」
「はい、僕に出来る事なら何でも言って下さい」


「というわけで、私が帰るまでよろしくね」
「はい、分かりました。僕がちゃんと見てますので、名前さんは安心して行ってきて下さい」
「ありがとう。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
これはどういう事かと言うと…
端的に言おう、青峰が熱を出した。
明け方なんだか妙に暑いなと思って目覚めたら、私に巻き付いていた青峰が異常に熱かったのだ。
うんうん唸る青峰を引っぺがして熱を測れば、39度。
かなりの高熱だった。
熱に魘されてぼうっとした顔でこっちを見てくる青峰が益々弟のように思えて来て、つい手を伸ばしていい子いい子してしまったけど…案の定嫌な顔をされた。
お粥を作って、嫌がる青峰に定番のあーんで食べさせ(妙な優越感!)、解熱剤を飲ませた。
薬を嫌がる姿があまりに子供っぽくて笑ってしまったのは許して貰いたい…あは、思い出してまた笑っちゃった。
氷枕に冷えピタ装備で風邪ひきさんの完成だ。
病気すると気が弱くなるってよく言うけど、あの青峰も例外じゃなかったらしい。
『今日仕事休めよ』
『俺を置いて行く気かよ』
『おめーが居ねえ間に死んだら化けて出んぞ』
『おい名前、俺がどうなってもいいってのか』
命令口調なのに言ってる事が子供だ。
こんな事青峰に真顔で言われたら…笑っちゃうじゃないか!
いや、ごめんなさい。
なんか意外にも可愛くて、ちょっと微笑ましかったってだけ。
1人は心細いのだろう。
まあ実際、未知の世界で病気になったら不安になるのも無理は無いと思う。
異世界で病気するとか、そんな事なかなか体験出来るもんじゃないと思うけど。
なので、テツくんに来て貰うようお願いの電話をした。
勿論二つ返事で了承してくれたテツくんは、私が家を出る前に来てくれた。
テツくんが来てくれた事を青峰に伝えに行ったけど、そっぽ向いてむくれてた。
ホント子供!
『いってきます』って言ったらチラっとこっちを見て…
『…早く帰って来いよ。変な上司に捕まる前に逃げて来い』
それだけ言って布団被っちゃった。
どうした青峰、ちょっと可愛いのだよ!
ニヤニヤしながら家を出た。


早く帰らなきゃと思う時に限って仕事とは長引くものだ。
ふと時計に目をやると19時を回った所。
テツくんには連絡済みだ。
青峰の熱は解熱剤で一旦下がったものの、午後からまた上がり始めたらしい。
今はまた薬を飲んで寝てるって言ってたけど、大変な我儘っぷりだったとか。
油っこいものが食べたいだとか、炭酸が飲みたいだとか、じっとしてられないだとか、寝て欲しいなら抱き枕寄越せだとか(私の事らしい)。
何度も言うけどまるで子供!
テツくん疲れてるだろうな。
後でちゃんとお礼しなきゃだな。

作業を続けて1時間。
時刻は20時、本日の任務完了。
やっと帰れるとホッとしたのも束の間、視界に望まぬ物を捉えてしまった。
ああ、なんて事だ。
「名前ちゃん、お疲れ様。よく頑張ったね」
「…お疲れ様です」
いつからそこに居た!!
私の視線の先には…出口付近のデスクに肘を着いて顔を傾け、にこにこと微笑む夏村さん。
ホラーだ、ホラーでしかない。
「名前ちゃんの真剣な姿に魅入っちゃってたよ」
「いや、あの、夏村さん…いつからそこに…」
「んー。君が黒子くんだっけ?彼に電話してる辺りからかな」
「(こええええッ!!3時間前!?)」
「もう遅いから送るよ」
「大丈夫です!急いで帰りますから!」
「ああ、そうだ。大輝くん、具合悪いの?」
「…電話の盗み聞きはやめてください」
「手厳しいね、ごめん。そんなに怒らないで」
「許せませんけど知ってるなら話は早いです。急いでるので」
そう言い捨てて、出口に立つ夏村さんの横を通り過ぎようと足を速める。
ぐいっ
…左手首を強く掴まれた。
「い、痛いんですけど」
「ああ、ごめん。でもこうでもしないと逃げちゃうでしょ?」
「お、お願いですから、早く帰らせて下さい」
「…あんな大きな弟がそんなに心配なの?だいたい、黒子くんが見ててくれてるんでしょ?」
「夏村さんには関係ありませんから」
「うわー、傷つくなあ。名前ちゃんは僕の事が嫌い?」
「嫌いではありませんが、好きでもありません」
「はは、名前ちゃん言うね」
「ちょ、は、離し…!!」
手首を掴む力が更に強くなったかと思ったら、急に引き寄せられて夏村さんの腕の中に収まる形になってしまった。
仄かな香水の香りに包まれて不覚にもドキリとする。
イケメンはいい匂いがするらしい、じゃなくって!
不味い!これは不味い!!
私捕まっちゃってるじゃんか!
抜け出そうと体を動かしたけど、男の力に敵うはずも無く閉じ込められる。
「やっと捕まってくれた」
「いや、これ無理矢理でしょ」
「はは、僕の腕の中に居てもまだそんな強気なんだ。益々好きになっちゃいそうだよ」
「冗談は止めて下さい」
俯いていた顔をバッと上げて抗議したが、直ぐに後悔する事になった。
ちゅ
左の頬に柔らかい感触、と共に全身に走る悪寒。
「いただき」
「!!」
バチン!!
ああ、またやってしまった。
私の手は無意識に夏村さんの頬を引っ叩いていた。
彼が怯んだ隙に腕の中から抜け出して、気が付けば走ってた。
最悪だ最悪だ最悪だ。
何が最悪かってそれはもう色んな事が最悪だ。
一瞬でもドキッとしてしまった事に、
気を抜いてしまった事に、
頬とは言えキスされてしまった事に、
またしても引っ叩いてしまった事に、
そのどれもがまた彼の興味を刺激してしまったという事実に。
全てに『最悪』が当て嵌まった。


「…ただいま」
「あ、名前さん。お帰りなさい…あの、何か、ありましたか?」
「!テツくん!今日はホントありがとう!」
「いえ、それより名前さん…大丈夫ですか?」
「え!何が?何とも無いよ!あ、青峰はどう?」
「あ、さっきまで名前さんが帰るまで起きてるって言っていたんですが、疲れて寝てしまいました。熱は微熱程度です」
「そ、そっか。ありがとうね。今度お礼させてね」
「お礼なんて。名前さんもお疲れでしょうから、ゆっくり休んで下さい。じゃあ、僕はこれで」
「うん。本当にありがとう。奏にもよろしくね!おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
パタン。
テツくんが出て行ったのを確認して、すぐにお風呂に向かった。
色々流し落として色々忘れてとっとと寝たい。
お風呂を済ませて寝室に入ると、青峰はぐっすり寝ていた。
いつも私が居る壁側に向かって体を丸めてる。
図体のデカイ男の小さく丸まる姿にぷっと笑いつつ、いつもの様に同じ布団に潜り込んだ。
よく分かんないけど、この偽の弟を抱き締めて眠りたい気分。
手を背中に回して、大きな体をぎゅっと腕の中に収めた。
うん、なんでこんなに落ち着くんだろうね。
そのまま何も考えずに眠りに就きたくて、そっと目を閉じた。


「うーん、名前…おせえ、ぞ…くかぁ」
「ただいま…大輝…」

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