いつもより少し早めに部室に着いたつもりが、既に着替えを済ませて読書をする跡部さんと忍足さんが居た。
何とも妙な光景だ。
ガタッ!!
「な、なんやねん!」
「どうかしましたか?跡部さん」
静かに読み進めていた跡部さんが突然立ち上がった。
何事かと表情を伺うと…
「あ…跡部、さん?」
「跡部…なんやねんその顔」
「あーん?」
こんな事思ってすみません!
跡部さんはなんとも言えない形容し難い表情をしてプルプルと震えていた。
ニヤニヤを堪え切れない様な、それでいて勝ち誇った様な…
いったい何があったんだろう。
「ふ、ふふふ、ファーッハッハッハッ!!!」
「だから何やねんな!!」
「そうか、そういう事か!」
「意味が分からへん」
「レモンだ!!」
「「…は?」」
「あの飴はレモンだった!それもすげえすっぺえヤツだ!」
「ああ、女の子に食べさせられた言う飴な」
「えっ!跡部さん、女子から貰った飴を食べたんですか!」
「ちゃうちゃう、もっと凄いで。口に突っ込まれたんや」
「え、えええええええっ!?」
女子から貰った物には一切手を付けない跡部さんが!
く、口に飴を突っ込まれた?
だいだい跡部さんの何処にそんな隙が!?
なんて命知らずな女子なんだ!
「で、レモンがなんやねん」
「ああ?忍足、レモンだぞレモン」
「レモンがなんや!」
「ファーストキスの味、だろうが!あーん?」
ピシリ。
忍足さんと俺は固まった。
跡部さんの口から『ファーストキスの味』なんて言葉が。
隣で忍足さんが『あかん、俺のせいや』と白目で呟いている。
「この俺様の口に飴を突っ込むとはどういう事だと思ったが…あの女、俺に惚れたな!」
「えええっ!」
「恥ずかしいから俺に悪態ついて、照れ隠しにレモンの飴を突っ込む!レモンだ、レモン!俺にファーストキスを奪って欲しいって事だろうが!!」
「なんでやねんっ」
「ファーストキスはレモンの味だぞ!」
「そら俺の貸した恋愛小説の受け売りやーっ!!」
「ふっ、いいだろう。俺様が必ず見つけ出してやろうじゃねーの!」
「あかん!俺の話聞いてへん!」
「忍足さん、俺、こんな跡部さん嫌です!」
「俺やって嫌やわ!!」
「おい忍足!この小説はなかなか面白かった。次貸せ」
「え!もう止めた方がええ!完全に悪影響や!!」
「何処がだ?俺は謎が解けて最高の気分だぜ」
「そら跡部の勘違いや!現実戻ってきい!」
「よし、鳳!今日は相手してやる!コートに出ろ」
「う、え、あ、はいぃ!」
この後俺は、色んな意味で絶好調の跡部さんにコテンパンに伸されたのだった。
技のキレがハンパなかった。
女子の悲鳴もハンパなかった。
日吉が俺にタオルを投げながら『下剋上』とメラメラと闘志を燃やしていた。
忍足さんがげっそりしていた。
他の部員は何が何だか分からずポカンとしていた。
跡部さんが恋愛初心者だと知ってしまった、ある日の部活。
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