いるから。 | ナノ

22 -Atobe side-

3日目の朝、名前の携帯の音で目が覚めた。
まだ7時じゃねえか。
鳴り止まない音に痺れを切らして持ち主を起こす。
気だるそうに電話に出た名前。
聞こえてくる会話で職場の上司だと分かった。
だが、仕事の話かと思いきやまさかのデートの誘い。
物好きな上司がいるもんだ、と思う割にモヤモヤとする。
電話を終えて、二度寝を決め込もうとしがみ付いて来た名前を受け止めてやる。
すぐに寝息を立て始めたのを確認して、そっと頬にキスを落とした。
深い意味はねえ。
したいと思ったからしただけだ。
俺はその後すぐにトレーニングに向かった。

ハードなトレーニングを終えて家に戻った俺は、空腹を満たそうと冷蔵庫を開けた。
そこには、出掛ける前に作ったのか…サンドイッチが置いてあった。
『跡部へ お疲れ様』
と書かれた水色の付箋が貼ってある。
まただ。
心が満たされていくような感覚。
こちらの世界に来て幾度となく感じた、俺には不釣合いな『優しい』感覚に包まれながら、主の居ない静かな部屋でランチを済ませ、再びトレーニングに繰り出した。
無心でトレーニングを続け、気付けば既に辺りは暗くなっていた。
名前が帰っているかもしれないと足早に家に向かったのだが…
家の中はシンと静まり返っていた。
「ったく。早めに帰るとか話してなかったか?」
無意識に不満が漏れた。
妙な苛立ち。
シャワーで汗を流してしばらく待ったが帰って来る様子は無い。
そういえば連絡を取る手段もねえな…自然と足が外へ向いた。
家の周囲をなんとなく歩いていると、遠くにタクシーが停まるのが見えた。
背の高い男が女をおぶって降りた。
あの女の方は間違いなく…名前。
何故背負われているのか、それは二の次だ。
ゆっくりと家に向かって俺から遠ざかる2人を追った。
だが途中で歩みが止まり、様子がおかしい事に気付く。
男は、ぐったりとしている無抵抗の名前に顔を近付け…
それを見た瞬間俺は…
全身が沸騰するような感覚に襲われ、自分でも驚く程の大声で止めに入っていた。
どうやらデート中に具合が悪くなったらしい。
男は淡々と会話をしていたが、俺が名前を名前で呼んだ事に反応した。
語気を強めて名前を手放すまいとしているのがよく分かる。
そこで名前が目を覚まして俺の名を呼んだ。
「あと、べ…」
ああ、まただ。
名前を呼ばれるのが何故か心地好い。
声を聞いただけだと言うのに…。
安堵に包まれる。
『帰るぞ』と言い放った俺が名前の何なのか気になったんだろう、男は複雑な表情をしていた。

『名前は俺の恋人です』
そう告げた瞬間、自分の中のモヤモヤが晴れていくのが分かった。
馬鹿馬鹿しい。
有り得ねえ。
俺にとって女なんか皆同じだったはずだ。
名前を抱き上げて男に軽く会釈をして見送った。
「おかえり」ふいに出て来た言葉はこれだった。
この俺が他人に『おかえり』なんざ言うとはな。
名前は瞳を潤ませながら「ただいま」と言った。
体を動かすのも辛いくせに俺にしがみ付いてきた名前。
安心したのかすぐに寝ちまった。
コイツはほんとガキみてえだ。
だが、そんな名前の事を俺は
離したくないと、
他の男に触れさせたくないと、
目の届くところに置いておきたいと、
そう思った。

(女に追われる事には慣れてる)
(だがこんな感情、俺は知らない)

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