いるから。 | ナノ

21

ふわり
突如仰向けで浮遊感を感じて、今跡部に抱き上げられたのだと理解した。
ぼんやりとした視界に柊さんが映る。
複雑な表情をしていた。
「柊、さん…ありがとう、ございました」
私がそう言うと、跡部も頭を下げていた。
それを見て柊さんは軽く手を挙げて帰って行く。
どんどん遠ざかる背中から視線をチラリと跡部に移すと、案の定不機嫌な顔に出会った。
「…名前」
「…」
「……おかえり」
「っ!?」
思わず至近距離で跡部を凝視してしまう。
驚いた。
こんな事、言ってくれるなんて…
「おい、返事。こんな当たり前の事も出来ねぇのか?あーん?」
フフンと鼻を鳴らしてニヤリと笑った。
何コレどうしよう、目の奥が熱くなって視界が滲む。
「たっ、ただいまっ」
「ふん、出来るじゃねえの」
堪え切れずに力を振り絞って跡部の首にしがみ付いた。
文句も言わずに家へと足を進める跡部。
安心した私は、また意識を手放した。

「う…ん」
どのくらい寝ていたのだろうか。
薬も飲まずに寝ていたので、具合は相変わらずのようだ。
体を動かそうとしたが上手くいかない。
喉も唇もカラカラだ。
あの後跡部がちゃんとベッドに運んでくれたらしい。
しかし、ここに跡部の姿は見当たらない。
ベッドの真ん中に寝ている事が落ち着かない。
急に不安に駆られて無意識に力無く彼の名前を呼んでいた。
「あと、べ?」
丁度良いタイミングで部屋のドアが開いた。
「起きたか」
手にタオルと水、薬の箱らしき物を持って入ってきた。
焦点も合わずにぼぅっとしていると、すぐ近くまで跡部が来ていた。
持ってきた物をサイドテーブルに置いてベッドに肘を付き、片手で私のおデコに触れた。
「熱いな、苦しいか」
頷くのも声を出すのも辛く、目を細めて訴えてみたが通じただろうか。
「バーカ。もっと早く帰れば良かっただろうが」
通じたらしい。
そして彼の言う事はごもっともだ。
柊さんがとても楽しそうにしていたので何度も帰りそびれてしまった事を思い出す。
「まあいい。起き上がれ…ねえか」
「…」
「…待ってろ」
そう言って跡部は薬の箱を開けて薬を自分の手に取り出し、ペットボトルの蓋を開けてこちらを見た。
その一連の行動をぼんやりと眺めて私は気付いてしまった。
これは、まさか、
「ほら、こっち向け」
「!!!」
やっぱり!
む、無理!恥ずかし過ぎて無理!
今から跡部がやろうとしているのは3次元には有り得ないアレだ。
薬を口移しなんて2次元か!非現実的だ!
確かに今自分じゃ起き上がる事も口に物を入れる事も無理なのだが、恥ずかし過ぎる!
1人で脳内あたふたしている間に、跡部が水を口に含んだ。
「!」
そして錠剤を口に放って…
「ん」
と言って顎で促す。
私を見下ろす表情が凄まじい色香を放っている様に見えるのは熱に浮かされているからかそれとも…
そんな事を考えているうちに両頬を支えられ…
「んぅっ」
…唇が重なった。
その上鼻を摘まれて息苦しくなり、口を大きく開けた瞬間に生温い水が流れ込んできた。
目がチカチカして頭がパンクしそうだ。
更に跡部の舌が入り込んで来る。
錠剤を喉の奥へ送り込むように。
口の端からは納まり切れなかった水が一筋流れる。
溶け始めた錠剤の苦味を感じながら、ゴクリと飲み下した。
それを確認した跡部はそっと唇を離す。
そして、数秒じっと見つめた後…
「もっと、水飲め…食えねえんだから」
また水を口に含み、同じように流し込む。
2度目の口移しを終えると、今度は私の口の端を伝った水を下の方から舐め取った。
ゾクリと身震いした。
その唇がまた口元へ戻って来て…
もう一度、重なった。
「んん、っふ、ん」
わけも分からないまま抵抗する力もなくキスを受け入れる。
いつの間にか跡部は両肘をついて頬と頭を支え、私に影を落としていた。
こんな状況じゃなきゃ突き飛ばしていただろうか、引っ叩いていただろうか。
分かり切っている。
答えは否だ。
私は跡部にこうされて嬉しいと思っているのだ。
短かったのか長かったのか、朦朧としているうちにちゅっと恥ずかしい音を立てて唇が離れた。
息も絶え絶えにうっすらと目を開ければ、すぐ目の前にはアイスブルーの瞳。
しばらく見つめ合った後、ふいっと視線を逸らされ
「…謝らねえからな」
そう一言小さく漏らして体を起こした。
謝らないって…
その言葉の真意は?
良い方に解釈しても?
跡部が濡れたタオルを私のおデコに乗せて見下ろす。
再び視線がかち合う。
声も出ない私は、お礼を言う代わりに今出来る精一杯の笑顔を見せた。
きっと不細工だ。
でも気持ち、伝わっただろうか。
「っ!」
一瞬目を見開いた跡部は、私の頬を軽く抓ってニヤリと笑い
「もっと寝ろ……おやすみ」
そう言って部屋を出て行った。
病人の熱更に上げてくれてどうしてくれるんだ。
先程の事を思い出してカッと顔が熱くなった。
夢じゃ、無いよね。
色々考えなきゃいけないのは分かってる。
だけど今だけは。

意識を保つのもそろそろ限界みたい、もう寝よう。
おやすみ…跡部、ありがと。

(今日1日で確信してしまった)
(私は…)

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