いるから。 | ナノ

15

「ぅん…」
朝だ。
ゆっくりと意識が浮上。
久しぶりにぐっすりと長時間寝た気がする。
そういえば仕事納めのお疲れ会の後は、俺様降臨でなんだかんだバタバタした。
昨日は…そうだ、買い物に行ったんだっけ。
食料に服に日用品、どっさり買い込んで来たのを思い出した。
まだ完全に覚醒しきらない中、彼の名を呼ぶ。
「跡部?」
その名をあまりにも掠れて切ない声で口にしてしまい、自分でも驚いた。
「ああ、ここにいるぜ?」
起きていたのだろうか、私のすぐ後ろでその声が響きいて吐息が髪を揺らした。
そしてぎゅっと強く抱き締められる。
あまりにも自然だったので、跡部に後ろから包まれていた事に今まで気が付かなかった。
妙に落ち着いている自分が恐ろしい。
けど仕方ない、跡部の腕の中はすごく落ち着くのだ。
全国の雌猫のお嬢様方、すいません。
「跡部、起きてたの?」
「ああ、ついさっきな」
「おはよ」
「…ふん、はよ」
「ぷ、何それ。俺様的朝の挨拶?」
「お前、ホント変なやつ」
「朝の挨拶は当たり前の事ですよ?景吾坊っちゃん」
「…」
ぎゅうう!!
「!!ちょ、ま、待った!プロレス技とかなし!!ぎゃ!女子に技掛けるとか鬼畜!?うぎゃ!足痛い!ギブギブ!!」
「うるせぇ!俺様にそんな口叩くヤツは仕置きだ!」
「ひゃ!ちょ!!く、擽りとかもっと無理!ひっ!あっはははは!待って!
ちょ!ぎゃあああッ!!」
「ぶっ!おま、動きすぎだろ!バカ!俺乗り越えんな!」
ズルズルッ!
「は?」
「え」
ドッターン!!
「いってえぇ!!っんのバカ!!」
「いったぁああ!!は!?バカ!?どっちが!!」
2人してベッドから転がり落ちた。
シングルベッドでプロレスや擽りなんか仕掛けてくるからだ、バカは跡部だ。
「…っふ。あはは!」
「ふっ。くくく」
跡部が現れて2日目。
あまりに馴染んでいて、とても出会ったばかりとは思えない。
それが嬉しくもあり、怖くもあった。
「はぁ。大丈夫か?」
「ん、平気。跡部は?」
「ああ、俺も何ともねえ」
「良かった。じゃ、朝ごはんにして、今日は1日何するか考えるか〜」
「元気なこったな」
「腹が減っては何とやら〜でしょ?ほら、行こ!」

私たちは朝食を摂りながら今日の予定を立てた。
サラダだけは跡部が用意してくれた。
別に野菜を千切ってトマトをポンと乗せるだけで料理とも言えないんだけど、跡部がそんな事をやっている事自体が不思議。
思わずこっそり笑ってしまったのは秘密だ。
トマトをフォークで突いていると跡部が眉を顰めてこちらを見た。
「なんだお前、トマト駄目なのかよ」
「あー、うん。苦手、いやむしろ嫌い?」
「なんだその疑問系は。食えよ、栄養あんだぜ?」
「トマト食べなくったって生きて行けるし」
「ったくガキかよ」
「は?っえ、跡部!?」
もぐもぐと口を動かす跡部を呆けた顔で見つめた。
この男、私の手を掴んでフォークでトマトを刺してそのまま自分の口に持って行ったのだ。
目を伏せて味わうようにトマトを咀嚼しながらも手は掴んだままだ。
やがてゴクリと嚥下するとこちらに目を向けた。
「あーん?何ボサっとしてやがる」
「!?あ、あんたこそ何やってんのよ!っ手!手離して!」
「何だよ、照れてんのか?」
「だっ誰が照れるか!」
虚勢を張りながらも私の心臓は何故か暫くドキドキとうるさかった。
意味が分からない。
いやむしろ跡部の意味が分からない。

その後今日はどうするか話し合い、跡部の希望でストテニへ行く事になった。
見ているだけじゃつまらないので、私もテニス一式持って行く事にした。
せっかく跡部モデル買ったんだしね!
ちなみにスクールに通っていると話した所、
「俺様がお前に直々にテニスを叩き込んでやる」
だそうだ。
怖過ぎる。
途中、跡部愛用メーカーのラケットとシューズ…つまり今私が持っているのと全く同じ物を購入したのだが、買って貰う事に慣れていない跡部は終始すごく居心地が悪そうだった。
ちょっと可愛いと思ったのは内緒だ。

ストテニに着いた途端、跡部の目が嬉しそうに輝いた。
本当にテニスが好きなんだな。
私も嬉しくなった。
連れてきて良かった。
こちらの世界に来て初めて、純粋な笑顔を見られた気がする。
コートの中央に佇み、ジリジリと照り付ける陽の光を浴びて、強気にニヤリと口角を上げる彼は、
あの氷帝学園のキング。
神々しさに目眩がした。

(さあ)
(ショータイムの始まりだ)

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