「おい、何か飲み物…寝てんのかよ。」
脱衣所に置いてあった新品の下着、着古したハーフパンツをはいてリビングを訪れた俺が見付けたのは、ソファーでぐっすり寝ているこの家の主だった。
名前は知らねぇ。
俺様が名乗ったってのに名乗りもしねぇ失礼なヤツだ。
だいたい、初対面で俺の事を呼び捨てにするわ「キミ」呼ばわりするわ…妙に上から目線だ。
普通なら許されない事だが、割りに何故かすんなり受け入れた自分に驚いてはいる。
情けない話だが、越前との試合を終えた記憶もなく気付いたらここに居た俺。
まだ終わってねぇ、信じられねぇ、悔しい、不甲斐ねぇ、だがあれが俺の全力だった、ぐるぐると渦巻く想いと共に、突然違う次元とやらに放り出された。
話によれば俺はこの世界では漫画の登場人物だという。
全く意味が分からねぇ。
ただ、落ちた瞬間からコイツのであろう温もりを感じた。
朦朧とする意識の中、認めたくは無いが確かに…コイツの温かさに安堵を感じたのだ。
何故俺が、この世界に飛ばされたのか。
何故、あの瞬間だったのか。
何もかも分からねぇ事だらけだ。
帰れるのかさえ分からねぇ。
だが、きっと俺は色々な意味でコイツに救われたんだろうと思う。
この俺を前に怯みもせず、色めき立つわけでもなく、意見したり笑ったり…
こんな女は初めてだ。
全く起きる様子のないコイツ。
勝手に冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、一気に飲み干した。
当たり前だ。
試合後から何も口にしてねぇんだ。
「ったく。間抜けな面で寝てんじゃねぇよ」
そっと抱き上げて寝室へ運んだ。
思いの外この女を優しく扱っている自身に驚きつつ、起こさないようにベッドへ沈めた。
俺も続いてベッドに潜り込み、ごく自然に引き寄せて胸に収める。
「あったけぇな。ガキかよ。」
猫のように擦り寄るコイツの、肌に直接感じる心地好い温もりに、そっと目を閉じた。
(夢か現実か、微睡みの中)
(無意識に抱き締める腕に力を込めた)
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