いるから。 | ナノ

08

「おい、次は俺が質問する番だぜ」
「分かってるよ。でもその前に…とりあえずシューズだけは脱いで貰おうかな。うちは普通の家だから土足厳禁です、君んちとは違うの」
「…てめえ、なんで俺の事を色々知ってる?試合の事だって…。俺は気を失って気付いたらここに居た。何か知ってるんだろ?洗いざらい全部吐け。」
跡部…なのであろう彼は、シューズを脱ぎながら問い掛けてきた。
鋭い目でこちらを見てくる。
問い掛けるというか命令だけども。
しかし困った。
私は彼の事を漫画に掲載された事なら何でも知っているが、何故彼がここに居るのかなんてサッパリ分からない。
むしろこっちが知りたいくらいだ。
「ごめんね、私にも分からないんだよ。ただ1つ言えるのは、君の居た世界と、今居るこの世界は別の次元だって事。」
「あぁん?どういう意味だ」
私は、彼がこちらでは漫画の登場人物であるという事を話した。
隠そうとしたって鋭い跡部の事だ、すぐにばれるだろうと思ったからだ。
「…そんな事が有り得るか、いや、現に俺は…。だがどうやって…」
…1人悩み始めてしまった。
「あ、跡部?あのさ、分からない事だらけだし腑に落ちないと思うけどさ…とりあえず、ゆっくりお風呂でもどうですか?きっと試合後そのままなんでしょ?風邪ひく。」
彼がいつここに現れたのかは分からないけど、試合後って事は大汗かいて体も冷えて固まっちゃってるよね。
きっと温めて解してあげた方がいいはず。
それに…
「頭、綺麗に刈ってあげるよ。ぷっ」
「っ!?うるせぇ!笑うんじゃねぇ!!俺様はなんだって似合うんだよ!坊主だってキマってんだろうが!」
「あっはは!勿論似合ってるよ!ただリョーマ君がバリバリ刈ったままだからね、あっちこっち、ふふっ」
「ってめ!…もういい!風呂に入る!案内しろ!!」
「ホント俺様なんだね。…ま、そこがかっこいいんだけど」
「あぁん?何か言ったか?」
「何でもないよ。さ、どうぞ。こちらですよ、景吾坊っちゃん」
「おい、さっきから喧嘩売ってんのか?」
「滅相もない。ほら、早くこっち。先に頭刈ってからね。座って。」
チッと舌打ちをしながらも、跡部は洗面所の鏡の前に大人しく座った。
あの跡部の頭にまさか自分がバリカンを入れる事になろうとは、誰が予想しただろうか。
数年前に会社の忘年会で当たってしまったこのバリカンセットがようやく陽の目を見る事となった。
このバリカンが、今日のこの日に跡部の頭を刈る為に我が家に来る事になったのだとしたら、とんだミラクルだ。
姿勢よく座り、静かに目を閉じている跡部を鏡越しに見つめてみる。
眉間にシワは寄っているが…やっぱり、すごく綺麗。
坊主になったって、滲み出る気品とオーラは変わらない。
私の好きな跡部だ。
そんな彼が、今、私の目の前に居る。
正直実感なんてなくて、今だって信じられずに夢なんてオチなんじゃ…と思ってる。
信じられないけどでも…
どうして私なんかの所に来てしまったのかなんて分からないけど、来てしまった以上、彼が元の世界に帰るまではしっかりサポートしてあげたい、とは思う。
「出来たよ!じゃ、お風呂どうぞ!この奥だよ。置いてある物は好きなように使って。はい、タオル!」
跡部にバスタオルを押し付けた。
着替えは申し訳ないが、クローゼットの奥底で眠っていた数年前別れた元カレのハーフパンツとTシャツ、下着はさすがに可哀想なのでこれからコンビニで買ってきてやろう。
さっさとコンビニに行ってしまおうと脱衣場から出た瞬間、跡部の驚く声がお風呂場に響いた。
「こ、これが風呂だと!?信じられねぇ!!」
そんな事だろうと思った。
「それが世の中の普通です!」
「おい!これはジャグジーか?」
うん、これは予想して無かった。
「それは追い焚き口だ!!」
まったく、とんだお坊っちゃんだ。
バッタンとドアを閉めてコンビニに走った。

(嗚呼、色々な意味で)
(前途多難)

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