THE PRINCE OF TENNIS | ナノ

彼のシナリオ/跡部

「あーん?こんな所で何してやがる」
「!?」
「用がねえなら出て行け」
「ご、ごめんなさい!」
言われた通り、特にこの教室に用なんて無かった。
そしてまさか彼、跡部景吾が来るとは思って無かった私は逃げる様に教室を後にした。
彼が突然何をしに現れたのかは不明だ。
校舎3階のあの教室からは中庭がよく見える。
私は昼休み、ほぼ毎日の様に読書をしながらそこから外を見ていた。
中庭にはたいてい彼が居るからだ。
跡部景吾。
私の好きな人。
身の程知らずだと笑いたい人は笑ってくれていい。
自分でもそう思ってる。
何処にでも居そうなごく平凡な私が好きになっていい相手じゃない。
話したのだってさっきが2回目だ。
何の面識もない有名人の彼と初めて会話したのは数ヶ月前…

『おい、どけ』
『え?』
『そこの水道使うんだよ、さっさとどけ』
『ごっ!ごめんなさいっ!!!』
蛇口が1つしかない水道で手を洗っていた私の前に現れたのは跡部くん。
言わずと知れた氷帝学園の有名人だ。
『…』
『…怪我、ですか』
『あーん?掠り傷だ』
『結構血が出てます。あ、ちょっと待って下さい…これ』
私はまだ使っていないハンカチを濡らして彼に渡した。
ポカーン、そんな言葉が当て嵌まるほどの表情でそれを凝視する彼。
ああ、汚いと思われたのかな?
『あ!これまだ使ってないので綺麗ですから』
『…ふん』
『それじゃ』
『おい』
『ああ、使ったら捨てちゃって下さい』
『…悪い。礼を言う』
『!?さ、さようなら』

驚いた。
あの跡部くんが『礼を言う』なんて。
意外な一面に唖然としながらも、初めて私に向けられた彼の鋭い視線にドキドキと胸が高鳴っていた。

あれ以来、卒業までもう話す事も叶わないだろうと思い続けていた。
3階の教室から彼を見つめるだけ。
そしてそこには決まって女の子が居る。
中庭は告白スポットだ。
そこで沢山の女の子が跡部くんに思いを告げては涙を呑んでいる。
ちなみに弁明しておくと、女の子たちが振られるのを見て楽しむなんて悪趣味な事はしていない。
私は彼女たちが羨ましいのだ。
頬を染めて目を潤ませ、一生懸命思いを伝えている彼女たちが。
そして思い知る。
あんなに可愛らしい、キラキラ輝いて恋している女の子たちが呆気なく玉砕していくのだ。
私なんかに出る幕は無いのだと。

翌日の昼休みも私はいつもの様に読書をしながらあの教室から中庭を見下ろしていた。
ふと感じた気配に本から目を外すと…
ああ、今日もとても可愛らしい女の子が跡部くんと向かい合って頬を染めている。
跡部くんは背を向けているのでどんな表情をしているか分からないけど、女の子はニコニコと笑って話し掛けていた。
なんて女の子らしくて可愛いんだろう。
もしかしたら…今日は上手くいくのかもしれない。
ザワザワと心が音を立てる。
何故か見て居られずに教室に引っ込んだ。
無意識に握り締めた両手はうっすらと汗ばんでいた。
暫くしてもう一度外を見ると既にあの女の子も跡部くんも居なかった。
いつもなら跡部くんだけが残ってベンチで少しだけ読書をして行くんだけど。
上手くいって一緒に何処かに行ったのだろうか?

ガラガラッ
「!?」
「…」
突然教室のドアが開いた。
そこに立っていたのは…跡部くん。
「ごっ、ごめんなさい!!今出ます!!」
「おい、何も言ってねえぞ」
「え、あ、でも」
「あーん?いいからそこに居ろ」
「え?」
そう言って何故か彼は窓際の席に腰掛けて読書を始めた。
私はパニックである。
何故ここで?そこに居ろって?
ポカンと立ち尽くしていると鋭い瞳が私を捉えた。
「何突っ立ってやがる」
「!?」
「…お前、ここで何してんだ」
「っ!わ、私は…読書、を…」
嘘ではない。
ちゃんと毎日本を読んでいるし。
「毎日か?」
「えっ」
「…お前、以前水道でハンカチ寄越して来た女だな」
「!?」
「何驚いてやがる」
「い、いや。だって、そんなのもう忘れてるかと…」
「あーん?俺様の記憶力舐めてんじゃねえ」
「ご、ごめんなさい」
「お前、謝ってばかりだな」
「ごめんなさ、あ…」
「くくっ、変なやつ」
笑った…
跡部くんが私の目の前で…笑った。
急にドキドキと心臓が暴れ出す。
ああ、きっと顔も赤くなってる。
「で、読書は進んでんのか?外ばかり見ていた様だが」
「!?!?な、なんでそれ…」
「あーん?あれだけ背中から視線感じて気付かねえわけねえだろ」
「う」
「俺様に振られる女共を見て楽しんだってか?」
「ち!違います!!そんな事!!私はただっ」
「ただ?」
「っ!」
「…お前は、中庭には来ねえのか」
「…え?」
「ふっ。まあいい、明日の昼休み中庭に来い」
「な、なんで」
「行く理由なんて、そんなのお前が一番分かってんじゃねえのか?」
「!?」
「せいぜいいい返事が貰えると祈るこったな」
「あ、跡部くんっ!私そんな事っ」
「あーん?ふっ、今にも死にそうな顔してんじゃねえよ、とにかく必ず来い…悪い様にはしねえ」
「っ!?」
ニヤリと笑ったその顔は私の全てを見透かしているようで、きっと彼の中では全てのシナリオが出来上がっているのだろうと思わずには居られなかった。
悪い様にはしない…
そんな甘い餌に誘われて…
きっと私は明日、一生自分が立つなんて思わなかったあの場所に行くのだろう。


「ほら、さっさと言え」
「ま、待って!まだ心の準備がっ」

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