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Dolce e dolce

「よし!トキヤくん、次はコレお願い」
「分かりました」
「あとコレと…こっちもチェックしてから…それで…」
「…」
「トキヤくんには名簿チェック頼んでもいい?」
「…私は構いませんが……名前」
「ん?」
「そろそろあの方が怖いので向こうへ行ってやってくれませんか?」
「あの方?」
「私を睨み付けて来るあの方です」
「…」
私はトキヤくんと一緒に先生に頼まれた提出物のチェックをしていた。
AクラスとSクラスそれぞれ1名駆り出されて、昼休みを使ってのお手伝い。
多目的ホールの隅で作業する私たちを遠くから見守る影が一つ。
トキヤくんの声に、ここから対角線上にあるテーブルをチラリと見てみる。
そこには頬杖を着き酷くつまらなそうな顔をしてこちらを見ているレンくんが居た。
私と目が合うと弾かれた様にカタンと音を立てて頬杖を外しウインクを飛ばして来る。
…恥ずかしい。
直ぐに顔を戻して作業に意識を戻した。
「Aクラスの代表は私だもん。トキヤくんだけに任せられないよ」
「あと少しですから大丈夫です…というか実の所、あの鬱陶しい視線を早くなんとかして欲しいんですよ、名前」
「はは…鬱陶しい…」
「…はぁ」
「終わったかい?レディ」
いつの間にかレンくんが隣に立っていてトキヤくんの溜息の意味を理解する。
ああ…確かにトキヤくんを見る目は怖い。
「レンくん、もう少し待ってて」
「もう十分待ったさ」
「もう少しだから」
「こんなにも長い時間イッチーと2人きりなんて、俺を差し置いて酷いじゃないか」
「2人きりじゃないよ。レンくんずっと居るし」
「2人の共同作業じゃないか。だいたいキミと2人きりになるのは俺だけの特権、だろ?」
「レンくん。進まないからお願い、もうちょっとだけ待ってて」
思いの外きつめに声が出てしまった事に気付き、ふと手を止めてレンくんの顔を見上げる。
レンくんの顔はクシャリと歪んでいて、更には口を尖らせていた。
私と同じくその顔を見たらしいトキヤくんがまた一つ溜息を落とす。
「レン…子供ですか貴方は」
「ん?何がだい?」
「…まさか無自覚だとは」
「イッチーはまさか名前と居たいからって作業を長引かせているわけじゃないよね?」
「全く、何を言っているんですか」
「なら早く終わらせて欲しいね。今日が一体何の日なのか知っているだろう?」
「分かっていますよ。朝から貴方の周りはいつもより一層騒がしいですから」
2人の会話を聞きながら私は気付かれない様に小さく息を吐いた。
トキヤくんの言う通り、今日はいつもの比にならない程レンくんの周りは華やか。
女の子たちが可愛らしい包みを持ってレンくんを囲んでいたから。
今日はバレンタインだ。
と同時にレンくんの誕生日でもあった。
彼女たちからのチョコレートやプレゼントを笑顔で受け取るレンくんの机もロッカーも大変な事になっていて、私がトキヤくんの元を訪れた時にはレンくんは困り果てた顔をしていた。
私はそんな彼にバッグに忍ばせていたエコバッグを差し出した。
微妙な顔をして受け取ったレンくんだけど、私の心の中は微妙どころじゃなく本当は受け取らないで欲しいと言う気持ちで一杯だった。
本当は朝からずっとモヤモヤしてる。
こうやってトキヤくんとのお手伝いを見せ付けるようにしているのは、私のせめてもの対抗意識なのかもしれない。
トキヤくん、ごめん。


「やっと捕まえた」
「!レッ、」
「しっ……ちょっと静かにしてて?」
「?」
先生に提出物を届けてトキヤくんと別れた所で後ろから手を掴まれ振り返れば、万遍の笑みのレンくんが人差し指を立てて顔を近付けて来た。
手を引かれ階段を駆け上がり教室を何個も通り過ぎて辿り着いた先は、私たちが課題の練習に何度も使った教室だった。
「っふぅ」
「つ、疲れたっ」
「レディ」
「な、!」
「やっと2人になれた」
レンくんが私を後ろから抱き締めた。
移動で疲れたドキドキとは違う動悸が襲う。
小さく息を吐くと更に強く抱き締められた。
「レディ」
「ッレンくん、ちょっと」
「ずっと我慢してたんだ、いいだろう?」
「良く、ない」
「イッチーと一緒に居過ぎ。俺を散々焦らして…全部わざと?」
「ち、違うよ」
低く艶のある声が耳元で響く。
その度に私は震えを抑えるので精一杯だ。
レンくんは慣れているから、こういう事も全く緊張しないのだろうか。
そう考えると胸が苦しい。
「レディ」
「!」
「ねえ、こっち向いて」
「ッ」
「いい加減、嫉妬で狂いそうだ」
「え?」
「イッチーと2人でいる所を見るだけで、考えるだけでも苦しくなるんだ」
「レンくん」
「キミの目に映るのはいつも俺だけであって欲しい」
懇願するようなその言葉に胸の奥がじんわりと温かくなる感覚。
ゆっくりと拘束が解かれて背中の温もりが離れる。
「こっち、向いて?」
レンくんの優しい声が響いた。
私も、彼の顔が見たい。
「…」
「ッ」
「…レンくん?」
「ッ…そんな顔、狡いな」
「え」
「この俺がキスも出来ないなんて」
振り向いた私と目を合わせてすぐ彼の目が空を彷徨った。
目を逸らされた事に一瞬不安になったけれど、徐々に赤くなる頬にやっと彼が照れているのだと気付いた。
「レンくん」
「レディ」
「ん?」
「形のあるプレゼントなんて要らないんだ」
「え?」
「キミの」
「?」
「キミの愛が欲しい」
「!」
「キスして…レディから、俺に」
レンくんは宙ぶらりんの私の手を両方掴むと逃がさないとばかりに距離を詰めた。
そして最後まで私を見つめながらそっと目を閉じる。
あまりに綺麗なその顔に私は思わず見惚れてしまった。
とはいえキスなんて!
自分からキスなんて私出来ない!
心底困り果てるも、目の前で目を閉じ待つレンくんを放っておくわけにもいかない。
今日はレンくんの誕生日、誕生日、誕生日。
お祝い、プレゼント。
キス…キス…
無意識にギュっと手に力が入ってしまった。
と同時にレンくんの手もぎゅうっと力が入る。
その行動に愛しさが込み上げた。
意を決してそっとその距離を縮めて、レンくんの唇まであと数センチ。

「…」
「ッ!ん、レディ!?」
「え?」
この唇が確かに触れたそこはレンくんの唇の端。
待っていたくせに驚いた様に突然声を上げたレンくんを見上げると、その表情を見て私も驚く事になった。
「レンくん?」
「ッ」
「なんで…そんな、真っ赤なの」
そう、レンくんの顔は真っ赤に染まっていた。
私を見下ろすその瞳は戸惑う様に揺れて潤んでいる。
思わぬ反応に困惑していると、レンくんの腕が私を引き寄せた。
「レディ…まさか本当にしてくれるとは思わなくて」
「えっ」
「しかも唇の端だなんて…可愛過ぎるよ、狡い」
「!」
スリスリと頬擦りされて、レンくんの顔の熱が私の頬に伝染した。
ああ、熱い。
「幸せな誕生日だ。イッチーは絶対にこんな事して貰えないんだから」
「あ、当たり前だよ!こんな事レンくん以外にしたいと思わなっ、は、ッ!」
「名前、これ以上俺を煽らないで」
「!」
耳元に落とされたキスは熱く、私を抱き締める腕も熱を持っていた。
愛しい貴方に伝えたい。
「レンくん、お誕生日おめでとう」
「うん、ありがとう」
「レンくんが好き」
「っ」
嫉妬なんて必要ないって事、気付いて。


(甘く、そして甘く)
(嫉妬すら甘美に)
Happy Birthday Ren!
2015.2.14

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