課題を終え1週間ほどたったある日。
中庭の隅でこっそり2人だけのランチをしている時、じっと私を見ていたレンくんが口を開いた。
「レディ」
「何?」
「聞きたい事があるんだけど…」
「うん?」
「その…この間、聖川が言ってた」
「?」
「レディの『宝物』の話」
「…ああ、そういえば」
レンくんが言っているのは課題の結果発表の後まさちゃんが言っていた事。
『名前』
『ん?』
『以前お前が見せてくれた『宝物』』
『?…うん』
『神宮寺に見せてやるといい』
『え?』
寮に入る前に実家で見付けた臙脂色のリボンの事だ。
それが何故大切に残されていたのか、今の私なら分かった。
あれはレンくんに貰ったものだ。
彼と遊んだたった1日の小さな頃の思い出。
あの時、サヨナラの前に彼が私の小指に結んでくれたもの。
『もうお別れかぁ…寂しいな』
『俺も寂しいよ。せっかく仲良くなれたのに』
『レンちゃんのお家とまさちゃんのお家、遠いんでしょ?』
『うん』
『もう会えないのかな』
『そんな事ないさ、きっとまた会える』
『そうかな』
『うん。ねえ、手出して?』
『ん?』
『ほら、こうして……はい、あげる』
『え、レンちゃん。なくしたら叱られない?』
『平気さ』
『ありがとう、レンちゃん』
『どういたしまして!また会えるといいね』
にっこり微笑んでそっと結び付けてくれた。
不格好な結び目に2人笑い合った。
彼は忘れてしまっただろうか。
聞くのがちょっとだけ怖い。
私は言葉を濁した。
「えーと…なんだっけ」
「…レディ」
「ん?」
「誤魔化そうとしても駄目だよ?」
「…そんな事してない」
「じゃあ、なんで目を合わせてくれないのかな?」
バレている。
私の顔を覗き込みながら有無を言わせない笑顔を向けるレンくん。
パンを頬張ろうとした私の手を掴んで見つめてくる。
「言いたくない?」
「いや、そんな事は、」
「男から貰ったものだから?」
「え」
「俺以外の男から貰ったものを大切にしてるの?まさか…聖川?」
「え、違うよ」
「じゃあ何だい?俺に見せられないもの?」
「レ、レンくん!?」
言いながらどんどん詰め寄ってくるレンくんの目は今までになく必死だ。
なかなか彼のこんな表情は見られないかもしれない。
なんて悠長な事を考えている場合じゃなかった。
「レンくん!顔、顔近い」
「そうだよ?だって近付けているんだから」
「ええ!誰かに見られたらまずいから!」
「平気さ。こんな隅に誰も来やしないよ」
「!」
「それより…教えて、早く」
「!?」
耳元に顔を近付け囁かれて体が跳ねる。
慌てて顔をずらせば、本人は至って真面目な表情。
態と囁いてるわけでもないのにこの色気だ。
そのまま抱き締めて来そうな勢いに気圧されて私はやっと『宝物』の話をした。
「レディ…それ、本当?」
「う、嘘ついてどうするの」
「あの時のリボン…ずっと、持っててくれたのかい?」
「…うん」
「レディ」
驚いた様な少し恥ずかしそうな顔をしてレンくんが私を見る。
レンくんの記憶と共にずっと忘れてたって事は今は黙っておこう。
少しだけ頬が赤いような気がして、そんな彼を愛しく思った。
綺麗な眉が垂れ下がって『ああ情けない顔して』なんて思っているうちに、一気に彼との距離が縮む。
あっという間に抱き締められた。
「レンくん!?」
「駄目、離さない」
「ああ!飲み物とパン!」
「後で買ってあげるから今はこうさせて」
彼が近付いた事で間に置いてあった2人分の飲み物とパンが全て地面に落ちた。
そんな事お構いなしにレンくんの腕にどんどん力が込められる。
「名前」
「!」
「好きだよ」
「ッ」
頬擦りされて彼の柔らかい頬がぴったりとくっ付いた。
甘い言葉を囁いているというのに、いつものスマートさの欠片もない激しい抱擁に胸が苦しくなる。
私だけに見せてくれるこういう姿が好き。
素直に口に出せない私は、返事をする代わりに彼の背中に腕を回した。
「今日は聞かせて?」
「え?」
「レディの気持ち」
「!」
「聞きたいんだ、凄く。今、ここで」
少しだけ体を離して至近距離で私を見つめるレンくん。
ふわり
目の前で幸せそうに破顔したその表情に私の顔はみるみるうちに熱を持った。
「レディ」
「す、…好き」
「うん」
「レンくん、好きだよ」
「ありがとう、レディ」
レンくんがそっと近付くのに合わせて目を閉じる。
初めてのキスだった。
(宝物)
(リボンと彼と、彼との時間)
END
20140831
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