『何やってんだお前ら!』
『『!!』』
『日向先生!』
『神宮寺、早く戻れって言っただろ!おいおい、苗字まで…』
『ごめんごめん。レディが転びそうになったから支えてあげただけなんだ。もう戻るよ』
『ったく…また1位獲ったからって浮かれてんじゃねえぞ?』
『分かってるよ』
『おら、着いて来い。苗字も早くクラスに戻れ』
『は、はい!』
ただお互いの心音だけを響かせて黙していたあの後、突然日向先生がホールに戻って来た。
私たちが抱き合っているのを見た日向先生をレンくんがなんとか誤魔化してそれぞれの教室に戻る。
去り際に感じた視線に目を向ければ、レンくんが眉を下げて微笑んでいた。
そして彼の口元がゆっくりと動いて『またあとで』と告げる。
これ以上顔が熱くなる様な事をしないで欲しい。
そんな事を考えながら、2人がホールを去るのに続いて私も教室に急いだ。
1日のカリキュラムを無事終えてホッと一息ついた。
だけどその間も今も私の脳内を占めているのはたった1人、彼だった。
抱き締められた時の感覚が甦って、触れられた所が熱い気がする。
いつの間にか帰る準備を済ませたまさちゃんが私の所にやって来た。
「名前?」
「え?」
「どうした?ぼーっとして」
「!そう?」
「何か考え事か?」
「ううん、平気だよ」
「2位がそんなに堪えたのかと心配した。七海はいいとして、あの神宮寺が」
「!」
「…名前」
まさちゃんの『神宮寺』という言葉に異常な反応を示してしまった。
きっとまた顔が赤い。
まさちゃんは私の顔を覗き込んで来た。
「名前…お前、」
「聖川」
まさちゃんが何かを言いかけた所で、それを遮る様に私の胸をざわつかせる低い声が響いた。
「何の用だ」
「俺はレディに会いに来ただけだけど?」
「名前にお前が何の用だと聞いているんだ」
「用があったらいけないのか?だいたい…そもそもはお前が仲介者だろう?」
「!い、一体いつの話をしてるんだ!」
「…まさちゃん?」
レンくんの発した『仲介者』という言葉に首を傾げる。
窺う様にまさちゃんの方を見れば、静かに目を閉じて大きく息を吐いていた。
続いてレンくんに目を向けて私は…私を見つめる彼のその表情に釘付けになった。
何かを懐かしむ様な、焦がれる様な、求める様な…あまりにも切ない表情に心底戸惑う。
突然まさちゃんが私の頭にポンと手を置いて、もう一度息を吐いた。
「名前」
「ん?」
「以前お前が見せてくれた『宝物』」
「?…うん」
「神宮寺に見せてやるといい」
「え?」
「…神宮寺、名前を送ってやってくれ」
「聖川…」
「名前を傷付ける事は絶対に許さん、それだけだ」
「…ああ、勿論さ」
2人のやり取りを見つめる私はなんとも間抜けな顔をしていたと思う。
まさちゃんが去ったのを見送ってレンくんが私に向き直る。
いつの間にか教室には私とレンくんしか居なくなっていた。
「レディ」
「レンくん、さっきの話…」
「うん。レディに聞きたい事があるんだ」
「?…何?」
「俺の名前」
「え?名前って、何言ってるの?レンくん」
「キミが呼んでた、俺の名前さ」
「…呼んでた?」
「そう。ねえ、キスは誰にでもしちゃ駄目、なんだよね?」
「え?」
「俺がキミの事を好きなら、してもいいんだろう?ほっぺに」
「な、何の話!?」
頬を薄っすらとピンクに染めてクスクスと笑いながら質問を投げ掛けて来るレンくんは、まるで幼い子供みたいだ。
そう、幼い、子供。
「俺の笑顔、今でも好きだって言ってくれる?」
「…」
「俺の目は、今でも綺麗?キラキラしてる?」
「…」
「俺、歌…上手?」
「…」
「俺がアイドルになったら、キミも喜んでくれる?」
「っ」
「名前…」
「レン…くん」
「名前。俺の名前はね…」
「!」
「名前………俺は、レンだよ」
「レン………レン、ちゃん…」
(零れ出す)
(笑ったその顔は幼いあの時のままのキミ)
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