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30 Traboccare

レンくんはゆっくりと私との距離を縮めた。
真っ直ぐに私を見るその目は酷く優しかった。
目の前で立ち止まっても尚じっと見つめて来るものだから、居た堪れなくて思わず俯いて目を逸らした。
「レディ」
2人だけのこの場所にレンくんの声が響く。
それはとても温かくて優しい声音だった。
「…レンくん、おめでとう」
「ありがとう」
そっと顔を上げてお祝いの言葉を告げれば、レンくんは嬉しそうに微笑んだ。
そしてもう1歩距離を縮めて、今度は困っている様な少し怒っている様ななんとも言えない表情で私を見ている。
「レンくん?」
「レディ…」
「な、何?え、ちょ!!」
更にぐっと近付いて、気付いた時には私はレンくんの腕の中に居た。
驚いて離れようと1歩後退ったけれど逃がさないとばかりに強く抱き締められる。
その後ポツリと呟かれたレンくんの言葉に私は間抜けな声を上げた。
「イッチーと…何を話してたんだい?」
「へ?」
「さっき…ずっと近くに居たじゃないか」
「え、あれは」
「イッチーってば、気安くレディの体に触れたりなんかして」
「れ、レンくん?」
「…何、話してたの?」
「別に、大した話じゃないから」
「俺に教えられない様な話?イッチーとの秘密の?」
「ちょっと、レンくん!?」
更にぎゅっと強く抱き締められて私の心臓は破裂してしまうかと思う程に暴れていた。
レンくんが何を勘違いしてるのか分からないけど、私はトキヤくんからレンくんの事を聞いていただけ。
確かにちょっと恥ずかしくて教えられない話かもしれないけれど、トキヤくんとの秘密の話なんてそんな物は無い。
「レンくん!離して」
「ダーメ。レディ…イッチーと居る時のキミはいつも楽しそうだ。今回の課題だってイッチーと一緒で楽しかったんだろう?現に素晴らしい曲が出来てる」
「そんな事…」
「そんな事なく無いよ」
「…それはレンくんだって同じでしょう?」
「え?」
「レンくんだって、春ちゃんと一緒にあんなに凄く純粋で優しい曲…私なんかには引き出せない…あんな…」
「レディ?」
「!」
自分の言葉にハッとした。
これはまたしても現れた明らかな『嫉妬』だ。
同じ様にさっきまでの会話の中のレンくんの言葉で、彼もトキヤくんに『嫉妬』しているのではというなんとも自分に都合のいい考えが浮かぶ。
そしてトキヤくんから聞いた言葉が追い打ちを掛けた。
『他の誰でもない、貴女への想いを込めて歌っているんですよ』
顔に熱が集まるのが分かる。
理解した。
いつからなんてそんなの分からないけど、私はいつの間にかレンくんに惹かれてた。
ブレザーを返すのをまさちゃんに頼まないで直接渡しに行ったのだって…
会いたかったから。
春ちゃんに嫉妬したのだってそれは才能だけじゃなくて、ずっと一緒に居られていいなって思ったから。
私は突然溢れ出した自分の気持ちに戸惑った。
だけど戸惑った所で勢い良く溢れ出した思いは止まってくれるわけもなく、ただどんどん赤くなっているであろう顔を隠すしか出来なかった。
返事もしない私を心配したのか、レンくんが少し体を離して私を覗き込む。
そして息を呑む音が聞こえた。
「っレディ?」
「!」
「そんな顔、狡いじゃないか」
「な、に…」
「そんな可愛い顔されたら…」
「!」
「もう、俺に都合のいい様にしか考えられないよ」
「っ」
「俺だって戸惑ってるんだ」
「…え」
「…」
「……!」
言葉を詰まらせたレンくんを見上げて私は目を見開いた。
きっと私に負けないくらいの赤い顔をしたレンくんが肩を竦めて困った顔をしていた。
その瞳は私と同じ様に戸惑う様に揺れていて…

「俺が…1人のレディにこんなにも激しい感情を抱いているなんて…」

苦しそうに囁かれたと同時、私の体はもう一度レンくんの腕の中に納められた。


(溢れる)
(戸惑う程の想い)



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