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28 Battere

課題提出期限まで残り1日となった今日。
「いいのか?俺が返してもいいのだぞ?」
「…大丈夫。自分でちゃんと返す」
「そうか…分かった」
レンくんと同室のまさちゃんが彼のブレザーを代わりに返してくれると言ってくれた。
だけど私はそれを断って自分で返しに行く事を選んだ。
まさちゃんは心配そうに何度も『俺が渡す』と言って来て説得するのは骨が折れた。
まるでお父さんだな、なんて思い出して笑う。

なるべく早く返さなければと私は朝から学園内を探し回った。
まさちゃんによればレンくんは朝早くに部屋を出たらしい。
制服やサックスなどが無くなっていたから既に何処かの教室で練習しているはずと言われた。
綺麗に畳んだブレザーを胸に抱えて教室を1つ1つ見ながら歩く。
暫く歩いた所で、静かな空間に突然カタン、カラカラ…という妙な音が響いた。
すぐ近くの教室を覗いて見る。
「…居た」
椅子に腰掛けた状態で窓際の壁に背を預けて目を閉じているレンくん。
寝てる?
私はなるべく音を立てない様にゆっくりと歩み寄った。
レンくんの周りには楽譜が散乱している。
楽譜は真っ黒になるんじゃないかと思う程の数の言葉が書き込まれていた。
歌詞を考えていたのだろうか?
確かもう歌詞は仕上がっていたはず。
もう一歩近付くと足に何かが当たってカラカラと音を立てた。
ペンだ。
さっきの音はペンが床に落ちて転がった音だったみたい。
ペンを拾い上げて机に置く。
完全に寝てるのかな?
起きる気配はない。
昨日と立場が逆転だ。
自分も昨日は寝顔を見られたのだと思い、急に恥ずかしくなった。
レンくん…寝てる顔は幼いんだな。
そういえばこんなにじっくりこの人の顔を見た事は無かったかもしれない。
私は持っていたレンくんのブレザーを広げて、彼の肩に掛けようとそっと近付いた。
その時…
パシ
素早い動作で伸びて来た手に右手を掴まれた。
「!」
「!?」
ハッとして目の前を見れば、目をこれでもかと見開いて驚きに満ちた表情のレンくん。
驚いたのはこっちだ。
ぐっすり寝ていると思っていたのに。
「レディ…」
「ご、ごめんなさい…」
言葉を交わすのは前回の課題の結果発表の日以来。
戸惑う様に揺れる瞳は私から逸らされる事は無く、掴まれた手もそのままに彼は言葉を続けた。
「っどうしたの、こんな所に…」
「あの、ブレザーを返しに」
左手に持ったまま行き場を失くしたブレザーを少し上げて見せる。
レンくんは一瞬それに目をやってまた私を見つめた。
「ありがとう、レンくん」
「…うん」
「凄く……温かかった」
「!名前…役に立ったみたいで、良かった」
しっかりと目を見てお礼を述べれば、スカイブルーの瞳が更に大きく揺らいだ。
その吸い込まれそうな程綺麗な瞳を見ていたら私の脳裏を何かが掠める。
『ありがとう、----ちゃん』
『うん』
『凄く温かかったよ!もう大丈夫』
『良かった』
ほんの一瞬のそれはレンくんの瞬きと共に脳裏から消える。
「!!」
「レディ…大丈夫かい?」
「え」
「一瞬、目が虚ろだったじゃないか」
「だ、大丈夫」
心配そうに見上げてくるレンくんに私は戸惑いを隠せない。
さっきのはなんだったんだろう。
デジャヴの様ななんだか不思議な感覚。
よく分からないドキドキが煩い。
ふと、レンくんの表情が緩んだ。
今度はなんだか困った様な顔だ。
「そんなに見つめられるとさすがに照れるな」
「!」
「でも…おかげでいい歌詞が書けそうだ」
「え?」
「…ありがとう、わざわざ持って来てくれて」
「う、うん…」
「聖川に突き返されて終わりかなって思ってたからね」
「…」
「まさかレディが来てくれるなんて思わなかったよ」
「…」
「同室のアイツに預ければ簡単だったのに、どうしてわざわざ手渡しに来てくれたのかな?」
「え…それは…」
どうして?
そんなの、ただこれを早く返したかったから。
だから、でもどうして自分で?
そんなの、自分が借りた物だし当たり前だから。
だから、でもまさちゃんに返しておいて貰って、後でお礼を言いに行っても良かったのにどうして?
そんなの…
「俺に、会いに来てくれたって、思っちゃうよ?」
「!」
掴まれていた右手を軽く引かれて飛び込んだのはレンくんの腕の中。
オレンジ色の綺麗な髪が私の頬を掠めた。
レンくんの顔が肩口に埋まりぎゅっと強く抱き締められる。
私の心臓は爆発するんじゃないかってくらいに暴れていた。
「れ、レンくんっ」
「ごめんね、レディ」
「え?ご、ごめんって」
「今回の課題もきっと俺が1位を獲る」
「なっ」
「それも、ペアじゃないキミの協力のおかげでね」
「?」
「俺が1位になったら…」
抱き締める力を緩めて少し距離をとったレンくん。

「今度こそ俺とデート、してくれる?」

私を見つめるその瞳は爛々として、まるで純粋に楽しみを待つ子供。
そんな顔をされて断れる人なんてこの世に居るのだろうか。
私はバクバクと暴れる心臓を抑えるのに精一杯だ。
もう一度首を傾けて聞いて来るレンくんに、私は目を逸らさず頷いた。
「1位、だったら…だから」
「勿論。それ以外考えてないよ」
「わ、私だって」
「うん。でも俺は1位になる」
「ッ」


(鎮まらない鼓動)
(それが何を意味しているかなんて…)

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