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25 Inaspettato

「名前、ここはこの様な感じですか?」
「あー、うん!それで行こう」
「分かりました。っふふ」
「ん?どうしたの?」
「いえ。貴女が楽しそうなので私も嬉しくなります」
「トキヤくん…」
優しく微笑んで来るトキヤくんに自分の頬も自然と上がった。
私が今楽しく音楽に取り組めているのはトキヤくんのおかげだ。
凄く感謝してる。
トキヤくんはHAYATOの時の恩返しだって言うけど、それ以上に私を助けてくれたと思ってる。
感謝してもしきれない。
暫く作業に没頭していると部屋の後ろから話し声が聞こえた。
この声は…
「やあ、イッチー。どうだい?進み具合は」
「レン…。ご心配は無用です」
「へぇ。曲が出来たんだね」
「そういうレンはどうなんです?」
「…後はレコーディングだけさ」
「浮かない顔ですね」
「気のせいじゃない?」
「敵情視察ですか」
「んー、まあそんな所かな」
「釈然としませんね。行き詰まっているのですか?」
「イッチー、随分突っ込んで来るね」
「先日貴方には散々言われましたからね。私たちももうレコーディングしてもいい程になりましたよ。あの時の状態のまま貴方が足踏みしているなら、私たちは先に行かせていただきますが」
「…言うね、イッチー」
同じ部屋に居るのにレンくんが私に話し掛けて来る事は無かった。
背を向けているから2人の様子は分からない。
だけど、後ろから痛い程の視線を背中に感じてはいた。
その時…
コンコン
控えめなノックの音と共に申し訳なさそうに背中を丸めた春ちゃんが入って来た。
「!じ、神宮寺さん!」
「やあレディ。まだ休憩時間のはずだけど…キミもここに用が?」
「わ、私は…名前ちゃんに相談があって…」
「名前、七海さんですよ」
「うん、春ちゃん…私に相談って?」
「あのっ、…ここじゃ、ちょっと…少し時間ありますか?」
「うん、いいよ。行こう」
私はトキヤくんに断りを入れて春ちゃんと一緒に別の教室に移動した。

「作業中にごめんなさい」
「大丈夫だよ、私もちょっと休憩したいと思ってた所だから」
「名前ちゃん…ありがとう」
そう言って春ちゃんは少し悲しそうな顔をした。
きっと何かあったんだろう。
深呼吸をした春ちゃんがゆっくりと話し出した。
「実は…神宮寺さんが、あまり調子が上がらなくて。というより、私の曲じゃ駄目なのかもしれません」
「え?」
「作詞作曲、軽いデモまでは上手く行っていたんです。でもいざレコーディングとなった時、神宮寺さんがその…上手く感情移入出来なかったというか。でもそれはきっと私の力不足でっ」
「…春ちゃん」
春ちゃんから聞かされたのは思っていたのと違う全く想定外の内容だった。
あんなにスムーズに行っている風だったのに。
更に、レンくんからは『上手く出来なくてごめん』と謝られて戸惑っているのだと言う。
その為今は息抜きの為に休憩中というわけだ。
「名前ちゃんと神宮寺さんはどんな風にあんな素晴らしい曲を作り上げたんだろうって思いました。私には名前ちゃんみたいに…神宮寺さんをあそこまで輝かせる事は出来ないんだって、思いました」
「春ちゃん、そんな事ないよ」
「え?」
「私は…春ちゃんの曲とそれに乗ったレンくんの声を聞いた時、羨ましいって思った」
「う、羨ましい!?」
「自分がスランプだったっていうのもあったけど。春ちゃんの優しい音に、レンくんの優しい声が綺麗に重なって…」
「優しい、声…」
「表には出ないレンくんの優しい部分が垣間見れるような気がして…」
「…名前ちゃん?」
「え…!!あ、ごめん。私何言ってるんだろうね」
「名前ちゃんは、凄いです」
「え?」
「神宮寺さんの事、よく見ていてよく分かってるんですね」
「…え」
「ありがとう名前ちゃん。神宮寺さんの内面を少しでも引き出せるように、私頑張ります」
「え、あ、春ちゃ…」
行ってしまった。
衝撃の言葉を言い残して。
『神宮寺さんの事、よく見ていてよく分かってるんですね』
そうなのだろうか。
分からない。
だけど私はあの時確かに、レンくんの歌声が優しいと思ったんだ。


(予想外)
(現状も、私自身も)

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