3日目の早朝。
教室に向かおうと廊下を歩いていると後ろから腕を掴まれた。
驚いて振り返ると私服のトキヤくんが微笑んでいる。
今日はHAYATOの仕事の日なのだろうか?
「おはようございます、名前」
「トキヤくんおはよう…今日は仕事?」
「行きましょう」
「え?」
有無を言わせず私の手を引いてトキヤくんは歩き出した。
あっという間に学園を出て、待たせていたらしいタクシーに乗せられる。
聞き慣れない行き先を運転手さんに告げて車はゆっくりと動き出した。
全くわけが分からず唖然としていると私を見たトキヤくんが吹き出す。
「貴女のそんな顔を見られる事はなかなかありませんね」
「!ひ、酷い!ていうかトキヤくん!授業は!?」
「日向先生と月宮先生にちゃんと許可を貰って来ました。今日は私たちは課外授業です」
「ええっ!?そんな事許されるの!?」
「少々手こずりましたが、大丈夫ですよ」
「大丈夫って…課題!課題もやらなきゃ!曲作り!」
「ええ、勿論そのつもりですよ」
「どういう事?」
「これから行く場所で、2人で作りましょう」
とにかく着いてからだと言うトキヤくん。
仕方なく私はやっと背凭れに背を預けた。
「名前…着きましたよ」
「う…ん?」
いつの間にか眠ってしまったらしい。
3日間眠れずに過ごした私の体も脳もどうやら限界だったみたいだ。
頭を振ってトキヤくんに手を引かれてタクシーを降りる。
そこには一面の緑が広がっていた。
「うわ…綺麗」
「ここなら私たちの歌を作れそうな気がしたんです」
トキヤくんがHAYATOの撮影で以前使ったロケ地らしい。
小高い丘になっているそこは見渡す限り緑。
そして丘の上には小ぢんまりとした教会が立っていた。
教会の周りは白や黄色オレンジ色の花が咲き乱れ、そよそよと風になびいている。
モヤモヤとしていた脳内が一掃され、『音』が生まれて来る感覚が甦る。
「名前、これを」
「…え、歌詞?」
「ええ。やりにくかったらこれは気にせず曲を作って下さい。ただ、私は貴女にどうしてもお礼がしたかった。この歌詞が少しでも力になれればと」
「トキヤくん…」
気負っていた何かが晴れて周囲の緑が更に輝きを増した気がした。
そうだ、私はトキヤくんと一緒にトキヤくんが一番輝ける曲を作る。
トキヤくんの優しさが嬉しかった。
私はバッグから五線譜を引っ張り出して広い空の下作曲し続けた。
トキヤくんがくれた歌詞は私の作曲の手助けとなり音を導いてくれた。
彼が書いたのは切ないラブソング。
意外な内容に笑みを零せば顔を赤くした彼に怒られた。
片思いの人に思いを伝えたいけれど上手く伝えられない、伝えるのが怖い、距離を置かれるのが怖い。
もどかしい気持ちが描かれたそれは異様な程に私の作曲意欲を掻き立てた。
「トキヤくん!」
「お疲れ様でした。よく、頑張りましたね」
「トキヤくんのおかげだよ、ありがとう!」
空が夕焼けに変わる少し前に曲はほぼ完成した。
後は寮に戻ってこの曲にしっかり肉付けをするだけだ。
嬉しくて笑顔を向けるとトキヤくんも微笑んでくれた。
1人で気負っていた自分が情けない。
少し困った顔をすれば、そっと距離を縮めたトキヤくんが優しく私を包み込んだ。
「トキヤくん?」
「やはり貴女の音楽は素晴らしい。早く完成した曲を歌いたいです」
「これは私だけじゃ出来なかったよ。トキヤくんが今日ここに連れて来てくれなかったら、きっといつまで経っても出来なかった…ありがとう」
「貴女のそんな所も、素敵だと思いますよ」
「!な、何トキヤくん!褒めても何も出ないよ!」
「っふ。さあ、そろそろ学園に帰りましょうか」
「うん!そうだね」
私たちは2人の曲を大切に抱えて学園に戻った。
林檎先生と龍也先生にもお礼言わなきゃ。
(癒合)
(不思議と心が癒えていくそんな感覚)
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