前回同様、1週間という期間で曲を仕上げる事になった。
でも今回は真面目なトキヤくんがペアだ。
最初から全力で挑める事に感謝しなければならない。
そしてそうしなければトキヤくんにも失礼だ。
そう意気込んでピアノに向かうも今の所空回りに終わってる。
既に開始から2日目となっていた。
この2日間、一睡もせずにピアノやシンセに向かい合っている。
それでも納得のいく音は出て来てくれなかった。
完全に行き詰まりだ。
ポン…と鍵盤を弾いて小さく溜息を漏らした時、教室の扉がそっと開いた。
「名前」
「あ、トキヤくん」
現れたのは飲み物を手にしたトキヤくんだった。
そのままこちらに歩み寄り、私の顔を見たトキヤくんは苦笑いを零した。
「?」
「寝ていないのですか?」
「え?」
「顔色があまり良くありませんね。それから…後姿がご老人のようでしたよ?」
「ちょ…トキヤくん酷い」
クスクスと笑いながら言われて、そんなに目に見えて疲れていたのかと驚いた。
ふとさっきまでの笑顔は消え、少しだけ悲しげな表情になったトキヤくんと視線が絡む。
ああ…
私は人にこんな顔をさせてばかりだ。
そして更に追い打ちを掛ける様な言葉が告げられた。
「名前…貴女は、私とペアでは不服ですか?」
「え!どうしてそんな事言うの!?」
「随分と浮かない顔をしているので」
「!」
「…私が相手では、音が浮かびませんか?」
「っそんな事ないよ…私が、力不足なだけで」
「すみません。貴方を困らせる様な事を…」
「…私こそごめんなさい。早く仕上げてトキヤくんに歌って貰わなきゃならないのに」
自分の不甲斐なさに嫌気がさして俯いた。
私は本当に一体何をしているんだろう…。
その時、どこからともなく音が風に乗ってやって来た。
この優しいピアノの音色は…春ちゃん。
そしてその音に乗って流れて来るのは、レンくんの声だった。
「…レン、ですね」
「……優しい歌」
レンくんの新たな魅力を引き出すかの様なとても春ちゃんらしい曲だと思った。
私ではこんな彼を表現させてあげる事は出来ないかもしれない。
…まただ。
また胸が苦しくなった。
暫く聴き入っているとそっと演奏が終わる。
私はボーっとピアノを見つめた。
春ちゃんとレンくん、凄くいいペアだと思う。
…凄く…
「名前」
「ん?」
「貴女は…」
ガラガラ
トキヤくんの言葉を遮る様に教室の扉が開いた。
振り返るとそこにはさっきまでどこかで歌っていたはずの春ちゃんとレンくん。
ここに私たちが居ると思っていなかったのか、楽しそうに話しながら入って来た2人は私たちを見て酷く驚いた顔をした。
「名前ちゃん!ごめんなさい!静かだったので確認もせず入ってしまって!」
「!だ、大丈夫だよ…ここ、良かったら使って」
「え?」
「使っていいよ。今片付ける」
「ええ!?いえ!私たちは別の場所に!」
「春ちゃんっ!」
「え」
無意識に大きな声になっていたらしい。
目を見開いた春ちゃんが茫然と私を見ていた。
「ご、ごめん」
「名前ちゃん?…具合、悪いんですか?」
「え?」
「凄く顔色悪いです」
「そんな事ないよ。それより、ここもう空くから…自由に使って?」
「え、でも」
「いいから、ね?」
「ありがとうございます、名前ちゃん」
花の様に可愛らしく微笑んだ春ちゃんに不細工なぎこちない笑みを返して私はトキヤくんに向き合った。
「ごめんトキヤくん、行こう」
「…ええ」
2人とすれ違う瞬間、トキヤくんの足が止まる。
どうしたのかと少し振り返れば、レンくんの手によってトキヤくんが引き留められていた。
「イッチー」
「何ですか?レン」
「課題をこなしてる様には見えなかったけど…一体2人きりで静かに何をしていたのかな?」
「…何を言っているんです?貴方は」
「思った事を言ったまでさ」
「貴方の頭はその様な事しか考えられない様に出来ているのですか」
「…酷いなぁ。俺たちは曲も出来たししっかり課題に取り組んでいるさ。歌だってもうレコーディングしたっていいくらいにね」
!
レンくんの言葉が酷く辛辣に胸に突き刺さった。
そうか、歌ってたって事は曲も仕上がってて歌詞も出来上がってて…
今の私たちの状況とは雲泥の差だって事だ。
変な音を立てて焦り出す心音に顔を歪める。
トキヤくんを連れて早くここを去ろうと顔を上げると、スカイブルーの瞳が私を捉えた。
ほら、また。
整った顔が崩れて、またあの悲しげな表情。
見ていられなくて目を逸らせば、彼が私に背を向ける気配がした。
(喪失感)
(このままではいけないと分かってるのに)
prev / next