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20 Spiritoso

いよいよ課題提出日は明日。
今日が最後の1日となった。
先生の配慮で午後からは各自課題の作業に取り組める事になり、現在最終レコーディングに臨んでいる。
神宮寺レン、じゃなくて…レンくんは順調にレコーディングをこなしている。
ブースに入った途端表情を変えてスイッチが入る彼は、何度リテイクになっても、何度も何度も真剣に歌ってくれた。
以前の彼が嘘のようだ。
スイッチが入った時のレンくんは、身震いがする程の迫力と色気があった。
見ている方が息苦しくなるくらいに。

それにしても、自然に名前で呼ぶのはやっぱり難しい。
『レンくん』と呼ぶ事に未だ慣れない私は、度々彼に注意されていた。
策略なのか無意識なのか、私が『神宮寺さん』と呼ぶ度に悲しい表情になるものだから性質が悪い。
「…レンくん。今の所、もう一度お願い」
「OK!何度でも歌うよ」
逆にちゃんと『レンくん』と呼んだ時には目を細めて微笑んで来る。
心臓に悪い。

「レディ、お疲れ様」
「レンくんも、お疲れ様」
満足のいくレコーディングを終えた私たちは今、飲み物を手に中庭のベンチに腰掛けている。
そういえば彼との出会いはこの場所だった様な気がする。
まさちゃんと2人で居た所に冷やかしに来たんだっけ。
あの時既に嫌悪を覚えていたと思う。
今となってはなんだか毒気を抜かれてしまって、『レンくん』だなんて呼んでこんな風に一緒に座っている事が不思議だ。
「無事完成して良かった」
「それ、私の台詞」
「そうだね。全部レディのおかげだ」
「…それは違うと思う。頑張ったのはお互い、でしょ?」
「…レディ」
「そりゃ始めのうちは本当に大変だったけど」
「んー…返す言葉もないよ」
「そういえば、いつも周りに居た女の子たちはいいの?」
「どういう意味?」
「課題も終えたし、また構ってあげるんでしょう?」
「え?」
「課題の間だけ我慢してるんじゃないの?」
「が、我慢?」
目を見開いて私を見るレンくん。
その口元は微妙に引き攣っているように見える。
私、何か変な事言った?
「レディ…」
「?」
「彼女たちにはもうデートは出来ないって言ったって、言わなかった?」
「…それって、課題の間だけなんじゃ」
「…」
「?」
「はぁ…俺の自業自得、かな」
「??」
ベンチに置いた私の手の上に大きな手が重ねられた。
驚いて隣を見ると、真剣な表情のレンくん。
「他のレディたちと会うのはもう止めたんだ」
「そ、う…」
「レディ」
「え?」
「今ここで俺たちの歌、歌ってもいいかい?」
「…うん」
「良かった。じゃあ…聞いて」
そう言って重ねた手をそっと離し立ち上がる。
深呼吸をして…私と彼で作り上げた音楽を奏で始めた。

苦しくなった。
息が詰まる程真剣な表情で見つめられ、心が震える程切ない声で歌う彼から目が逸らせない。
何かを伝えんとするその表情に私は戸惑うばかりだ。
歌い終えたレンくんは、一度ゆっくりと瞬きをしてもう一度私を見つめた。
「俺の思い、少しは伝わったかな」
「っ」
「レディ」
「な、何?」
「課題の結果が出たら…俺とデートしてくれるかい?」
何故か言葉が出てくれなくて、目を合わせたまま頷く事しか出来なかった。


(思いを込めて)
(伝わる何かに揺さぶられる心)

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