彼の表現する音楽は聴く度に私の胸を締め付けた。
勿論理由なんて分からない。
だけどこの曲を例えば他の誰かが歌ったとしても、きっと私は何も感じないだろうと思う。
私のピアノに合わせて歌う神宮寺レンに視線を向ける。
時折切ない表情を見せたり、目を閉じて眉を歪めたりして情感たっぷりに歌い上げた。
音が止まると同時に、2人だけしか居ない教室はシンと静まり返る。
「やっぱりレディの演奏に合わせて歌うのは気持ちがいいよ」
先に口を開いたのは彼だ。
達成感でいっぱいの顔をこちらに向けて見せた。
「…放課後レコーディングルーム取ってあるので、録りましょう」
「OK!この調子ならいい音が録れそうだ」
「はい。頑張りましょう」
「…ああ、勿論さ」
ペア毎の練習が終われば昼休みだ。
片付けを済ませて部屋を出ようとすると、後ろから声が掛かった。
「レディ…昨日の話、覚えてる?」
「え?」
「ランチ、一緒にしようって」
「…あ、あれ本気だったんですか」
「酷いなぁ。実はさっきの休み時間にランチ買って来たんだ…2人分ね」
「…」
「ここなら誰も来ないし、ね?いいだろう?」
「…分かりました」
「良かった。はい、じゃあココ…座って?」
そう言って神宮寺レンは窓際の机2つを向い合わせに動かして、椅子を1つ引き出した。
机にはいつの間に用意したのかランチバスケットと飲み物が並べられている。
私が椅子に座ると自分も腰を下ろして、手際良くサンドイッチやサラダを取り出した。
「嫌いな物はない?」
「はい。あの、お金を…」
「いらないよ。今日は俺に奢らせて」
「でも」
「こういう時は素直に奢られて欲しいな」
「…すいません。ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃ、食べよう」
「いただきます…」
気まずい。
音楽に取り組む時以外こんな風に向き合った事がないせいか、目の前に居られるとどうも落ち着かない。
そんな私とは違って女性慣れしているこの男は大層余裕な顔をしているのだろう。
そう思ってチラリと目を向けて私は首を傾げた。
「…神宮寺さん、食べないんですか」
「え?あ、ああ…勿論いただくよ」
「はぁ」
窓の外をぼうっと見つめていてランチに手を付けていなかったのだ。
しかも今さっき声を掛け返事をしたというのに食べ始める様子もない。
よく見れば熱でもあるのだろうか…目は虚ろで頬も少しだけ赤らんでいる気もする。
思わず立ち上がって彼のおデコに手を触れた。
「!!」
「あ、ビックリさせちゃいましたか?すいません」
「や…ごめん、レディ…」
「熱、あるんですか?」
「いや。元気だよ?」
「でもちょっと様子がおかしいですよ?ボーッとしてるし」
そう言ってもう一度おデコに触れると、その手をぎゅっと掴まれた。
「…冷たくて…気持ちいいな」
「じ、神宮寺さん?」
そして流れるような動作で私の手を自分の頬に誘い、触れさせた。
なんでだろう。
不思議と嫌悪感は無い。
伝わる頬の仄かな熱と手の温もりに、ドキリと心臓が疼いた。
(触れる)
(そして伝わる、理解不能な何か)
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