あと3日と迫った締切に向けて、私たちは遅いスタートを切った。
と言っても神宮寺レンの歌はほぼ完璧で、作曲家として言える事はもう殆ど無い状態。
やっぱり彼の才能は素晴らしかった。
今までその才能を発揮して来なかったのは本当に勿体ないと思う。
そして自分から進んで、より良い音を作り出そうという気持ちが伝わって来る。
それはこちらが戸惑う程に。
「レディ、ここはもう少し強くした方がいいと思わないかい?」
「え…あ、そうですね。いいと思います、そうしましょう」
「じゃあこっちは?こういうのはどう?」
「それはちょっと難しいかと」
「んー。なら、こうしたらどうかな?」
「あ、それなら行けると思います」
こんな風に提案までして来るようになった神宮寺レン。
私が理解を示せば、安心したように微笑むものだから調子が狂う。
今も私のOKの返事にホッとした顔を見せ、私に向かって笑い掛けてる。
アイドルのそれとは違う自然な微笑み。
完全に毒気を抜かれてしまった。
更にはその女性関係にも変化が。
有言実行という事なのか、今日1日女の子たちからの誘いを全部断ってる。
その隣に私が居るものだから女の子たちからの視線が痛い。
「ねえレディ。今日のランチはどうするんだい?」
「あ、もうそんな時間…今日はまさちゃんと食べる約束してます」
「…聖川か」
「そろそろ終わりにしましょうか」
「うん。ああ、レディ?」
「はい?」
「明日のランチの予定は?」
「明日…は特に決まってないですけど、多分クラスの友達と…」
「じゃあ明日は俺と食べない?」
「…はい?」
「あれ…嫌?」
「い、嫌というか…あまり気が進まないというか…あ」
「ははっ、なかなかハッキリ言うね」
「…女の子の目が怖いので」
「うーん、そうか…なら、何処か静かな所で2人きりならどう?」
「え」
「考えておいて。じゃあ、お疲れ様」
「あ…」
片手を上げて颯爽と去って行く姿を見つめる。
…変な感じ。
「名前、聞きたい事があるのだが」
「どうしたの?まさちゃん」
「神宮寺と何かあったか?」
「あ、この前の心配してくれてるの?ありがとう、大丈夫!なんとか軌道に乗ったよ」
「いや、それもそうなのだが」
「ん?」
「同室だから嫌でもアイツが視界に入ってしまうのだが…あまりにもその、楽しそうにしているというか」
「…楽しそう」
「ああ。あんな神宮寺は見た事がない」
「そうなんだ…」
「しかも女遊びもパタリと治まった。名前…お前が更生させたのか?」
「え、私は何もしてないけど」
「…そうか」
「音楽に対する意識は変わったみたいだけどね」
「そうなのか?」
「意外といい所突いて来るっていうか、色々提案して来るし…それも全部理に適ってて。歌もちゃんと歌うし、納得するまで止めないんだよね。それからサックスだって…」
「…っふ」
「え、何?なんで笑うの?」
「いや」
「な、何!」
「お前も楽しそうだな」
「え!!」
「神宮寺と組む事になって心配ばかりだったが、お前にそんな顔をさせられるのだから…今回はアイツの事を大目に見てやるとしよう」
「まさちゃん!私別に楽しんでなんかないよ!」
「お前はすぐ顔に出るからな」
「…」
「ペアもあと数日の我慢だ」
「うん」
「次は俺もお前とペアになれるといいのだがな」
「そうだね」
私とまさちゃんは微笑み合った。
まさちゃんと食べる久しぶりのお昼は美味しかったけど、なんとなく胸の辺りがモヤモヤする。
『お前も楽しそうだな』
さっきのまさちゃんの言葉が耳に残って離れない。
そんな事考えた事無かったけど…
楽しい?のかな。
つまらなくはないと思う。
やる気のある人と音楽を作る事は、自分にとってもプラスだとも思う。
神宮寺レンとも普通に会話出来るようになったし、前ほどの嫌悪感も無い。
ただ逆に、話す度に柔らかくなっている空気に私は戸惑うばかりだ。
(ゆっくりと)
(その距離が埋まる)
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