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16 Adagio

あと3日と迫った締切に向けて、私たちは遅いスタートを切った。
と言っても神宮寺レンの歌はほぼ完璧で、作曲家として言える事はもう殆ど無い状態。
やっぱり彼の才能は素晴らしかった。
今までその才能を発揮して来なかったのは本当に勿体ないと思う。
そして自分から進んで、より良い音を作り出そうという気持ちが伝わって来る。
それはこちらが戸惑う程に。
「レディ、ここはもう少し強くした方がいいと思わないかい?」
「え…あ、そうですね。いいと思います、そうしましょう」
「じゃあこっちは?こういうのはどう?」
「それはちょっと難しいかと」
「んー。なら、こうしたらどうかな?」
「あ、それなら行けると思います」
こんな風に提案までして来るようになった神宮寺レン。
私が理解を示せば、安心したように微笑むものだから調子が狂う。
今も私のOKの返事にホッとした顔を見せ、私に向かって笑い掛けてる。
アイドルのそれとは違う自然な微笑み。
完全に毒気を抜かれてしまった。
更にはその女性関係にも変化が。
有言実行という事なのか、今日1日女の子たちからの誘いを全部断ってる。
その隣に私が居るものだから女の子たちからの視線が痛い。
「ねえレディ。今日のランチはどうするんだい?」
「あ、もうそんな時間…今日はまさちゃんと食べる約束してます」
「…聖川か」
「そろそろ終わりにしましょうか」
「うん。ああ、レディ?」
「はい?」
「明日のランチの予定は?」
「明日…は特に決まってないですけど、多分クラスの友達と…」
「じゃあ明日は俺と食べない?」
「…はい?」
「あれ…嫌?」
「い、嫌というか…あまり気が進まないというか…あ」
「ははっ、なかなかハッキリ言うね」
「…女の子の目が怖いので」
「うーん、そうか…なら、何処か静かな所で2人きりならどう?」
「え」
「考えておいて。じゃあ、お疲れ様」
「あ…」
片手を上げて颯爽と去って行く姿を見つめる。
…変な感じ。


「名前、聞きたい事があるのだが」
「どうしたの?まさちゃん」
「神宮寺と何かあったか?」
「あ、この前の心配してくれてるの?ありがとう、大丈夫!なんとか軌道に乗ったよ」
「いや、それもそうなのだが」
「ん?」
「同室だから嫌でもアイツが視界に入ってしまうのだが…あまりにもその、楽しそうにしているというか」
「…楽しそう」
「ああ。あんな神宮寺は見た事がない」
「そうなんだ…」
「しかも女遊びもパタリと治まった。名前…お前が更生させたのか?」
「え、私は何もしてないけど」
「…そうか」
「音楽に対する意識は変わったみたいだけどね」
「そうなのか?」
「意外といい所突いて来るっていうか、色々提案して来るし…それも全部理に適ってて。歌もちゃんと歌うし、納得するまで止めないんだよね。それからサックスだって…」
「…っふ」
「え、何?なんで笑うの?」
「いや」
「な、何!」
「お前も楽しそうだな」
「え!!」
「神宮寺と組む事になって心配ばかりだったが、お前にそんな顔をさせられるのだから…今回はアイツの事を大目に見てやるとしよう」
「まさちゃん!私別に楽しんでなんかないよ!」
「お前はすぐ顔に出るからな」
「…」
「ペアもあと数日の我慢だ」
「うん」
「次は俺もお前とペアになれるといいのだがな」
「そうだね」
私とまさちゃんは微笑み合った。
まさちゃんと食べる久しぶりのお昼は美味しかったけど、なんとなく胸の辺りがモヤモヤする。
『お前も楽しそうだな』
さっきのまさちゃんの言葉が耳に残って離れない。
そんな事考えた事無かったけど…
楽しい?のかな。
つまらなくはないと思う。
やる気のある人と音楽を作る事は、自分にとってもプラスだとも思う。
神宮寺レンとも普通に会話出来るようになったし、前ほどの嫌悪感も無い。
ただ逆に、話す度に柔らかくなっている空気に私は戸惑うばかりだ。


(ゆっくりと)
(その距離が埋まる)

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