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12 Nostalgia-Ren side-

『貴方を必要とする人は必ずいます。要らない人間なんて、1人も居ないんだから…』
レディのその言葉を耳にして、俺はただ茫然としていた。
酷く聞き覚えがあった。
ずっと忘れていたけど、その言葉をきっかけに溢れ出す記憶。
そして脳裏に浮かび上がるのは…小さな頃の俺と…
『要らない子なんて1人もいない!大丈夫!レンちゃんを好きな子だっていっぱいいるんだから!』
屈託のない微笑みを向ける1人の女の子。

小さい頃の俺は、大人たちの退屈なパーティーをよく抜け出しては聖川と遊んでいた。
そんなある日出会ったのが…ああ、そうだ。
『名前』という名の女の子。
聖川の友達だと言っていた。
家の都合で早くに帰った聖川の代わりに、俺はその子と2人で遊んでいた。
ものの数分で何故か意気投合した俺たちは、自分の好きな事について語り合った。
その子は眩しい程の笑顔で、ピアノを弾くのが大好きだと言った。
俺は…母の音楽を聴くのが、音楽に触れるのが好きだと言った。
『母の音楽』に興味を示した女の子に、俺はとっておきの秘密の音を聴かせた。
母の歌を聴けるただ1つの音源。
その子は目をキラキラと輝かせて喜んだ。
何度も聴いて覚えたのか、歌い始めた。
正直歌は上手いとは言えない。
だけど楽しそうだった。
俺もこんな風に表現できたら、と思う程に。
でも俺には無理だ。
歌うのは好きだけど止められてる。
そして俺は…家族から必要とされていない。
そんな時にその子は俺に言った。
『要らない子なんて1人もいない!大丈夫!レンちゃんを好きな子だっていっぱいいるんだから!』
それは毎日を退屈にただ言われるがままに歩んでいた俺にとって、希望を見出してくれる言葉だった。

ずっと忘れていた記憶。
年月を重ねるにつれて荒んでいった俺の心。
あの子とのたった1日の思い出は心の奥深くに眠ってしまっていたらしい。
蓋を開ければ次々と飛び出した。
『レンちゃん!キスはね、好きな子だけにするんだよ?誰にでもしちゃダメ!』
『私!?わ、私の事、好きなら…してもいいよ!ほ、ほっぺ!ほっぺだからね!!』
『レンちゃんの笑顔、私好きだよ!』
『レンちゃんの目、凄くキレイ!キラキラしててとってもキレイ!!』
『レンちゃん、歌上手だね!』
『レンちゃん、歌って!!』
『一緒に歌おう!ここなら大きな声出したって、いっぱい動いたってへーき!』
『私、歌を作る人になる!それでレンちゃんに歌って貰うの!』
『レンちゃんのママ、レンちゃんがアイドルになったらきっと喜ぶね!私も嬉しい!!』
『レンちゃん!』
『ねぇ、レンちゃん!』
『レンちゃん!ありがとう』
『レンちゃん!また会えるといいね』
自然と笑みが零れた。
俺らしくないな。


『私、名前!苗字名前!あなたの名前は?』

ああ、そうだ。
彼女が…あの時の…
「名前………俺は、レンだよ」


(懐古)
(溢れ出す記憶と共に燻る音楽への情熱)

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