「トキヤくん、神宮寺さん居る?」
「名前…レンならさっき出て行きましたが」
「そっか。何処行ったかなんて分からないよね?」
「ええ、すみません。それより名前…大丈夫ですか?」
「あー、あはは。皆に心配して貰っちゃって情けないなぁ…大丈夫だよ!頑張るって決めたから」
「…そうですか。私に出来る事があれば言って下さい」
「ありがとうトキヤくん、じゃあまた」
心配そうな顔のトキヤくんに手を振り、目的の人物の居なかった教室を後にする。
空き教室を見付けてピアノの鍵盤に向かい合った。
大丈夫、なんて言い続けてるけど本当は不安だらけ。
音が…何も浮かんで来ない。
神宮寺レンという男を知らないからなのか、嫌悪感を抱いているからなのかそれとも…無意識に知る事を避けているのか。
彼を思い浮かべても鍵盤を叩く事は出来なかった。
でも課題をクリアする為にはこんな所で躓いてなんかいられない。
鍵盤をボーっと見つめていると微かに聞こえて来る音色。
「?これは…サックス?」
風に乗って聞こえて来ているようで窓の外を見てもそれらしき人は見当たらない。
何か音を見付けるヒントになればいいと思い、音の主を探す為に空き教室を飛び出した。
キィ…
行き着いた先は屋上。
そっと重い扉を開けて目に飛び込んできたのは…
神宮寺レン。
私の存在には気付いていないらしく力強くサックスを吹き続けている。
扉を開けた途端に大きくなった音色に鳥肌が立った。
上手いとかそういうのじゃない。
サックスを吹く事で何か思いをぶつけているような苦しんでいるようなそんな音色に、胸の辺りがぎゅっと苦しくなった。
何故だろう。
神宮寺レンから目が離せない。
…苦しい、息が詰まりそう。
暫く立ち尽くしていればフッと音が止んだ。
大きく息を吐き出したのを見てハッとした時には遅かった。
「っ!?…レディ」
目を見開いて私を見る神宮寺レン。
スカイブルーの瞳が今にも零れ落ちそうだ。
そんなにも驚く事だったのだろうか?
「…何をそんなに、苦しんでるの?」
「!?」
出て来た言葉は純粋な疑問。
更に見開かれた瞳。
いつもの作り物のような笑顔はそこには無い。
この人、こんな人間らしい表情もするんだ。
「レディ。早速レッスンのお誘いかい?俺は真面目にやる気は無いって言ったはずだけど?」
「分かってます。お誘いじゃないので安心して下さい」
「ふぅん?…じゃあ何しにここへ?」
「サックスの音を辿って来ただけです」
「おや?俺のサックスに聞き惚れてたって事かな?」
「いえ、苦しかったです」
「…苦しい?」
「聞いていて、…辛かった」
「っ」
「え、ちょっと!なっ」
僅かな動揺を見せた後急に手首を掴まれ、凄い力で持ち上げられた。
「痛っ」
「…分かったような事、言わないで貰えるかな」
「っ」
「キミに俺の何が分かるっ」
「…分かりませんね、何も」
「!」
「サックス聞いたぐらいじゃ、貴方の事なんて何一つ分かりません」
「…それは、残念だったね」
「残念?そうでもないです」
「え?」
「音は、拾えました。あと必要なのは…対象物を知る事、かな」
「対象物……ははっ、あははっ」
突然笑い出した神宮寺レン。
意味が分からずにポカンとしていると強く掴まれていた手首の力が弱まる。
「いいねぇ。じゃあその対象物をもっと研究して貰って、知って貰う事にしようか」
「は?」
「いつでもいい。俺の1日、キミにあげてもいいよ」
「……遠慮しときます」
「レディ、俺を知りたいんだろう?」
「そういう事じゃないです」
「相変わらずつれないね」
「今日入れて2日で、曲仕上げます」
「…だから俺はやらないって言ったろう?」
「曲を、聞いてから判断して下さい」
「俺を毛嫌いしているキミに、いい曲が作れるとは思えないけど?」
「やってみないと分かりません」
「…へぇ。嫌い、は否定してくれないんだね?手厳しい。じゃあこうしよう。俺が満足する曲をキミが持って来たなら、俺もレッスンをしよう」
「…満足出来ないものだったら?」
「現状維持さ…」
「…分かりました。必ず、歌わせて見せます」
未だ手首を掴んでいた彼の手を払い除けて踵を返す。
後ろから響いた声は、その言葉とは真逆の意を示すように聞こえた。
「楽しみにしてるよ、レディ」
(迷走)
(音に隠された真意を探る)
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