『行って来る!見える所に居てくれ』
朝、大我くんから届いたメールだ。
見える所か…行った事ない場所だけど平気かな。
少々不安を感じながら、昨日から漬けておいたレモンの蜂蜜漬けのタッパーを袋に入れて準備は完了。
『これから向かいます!迷ったらごめん(笑)』
いざ出発だ。
やっぱりね…。
案の定迷った。
やっと辿り着いたはいいが、入り口が何処なのか分からずに暫く彷徨う事になった。
こんな事ならもっと詳しく場所聞いておくんだった、後悔先に立たずだ。
人に聞きながら入場した頃には前半終了時刻間近になっていた。
誠凛が見易い席は何処だろうと掲示板に貼り付けられた座席表を確認。
目ぼしい席を見付けて方向転換した所で、大きな影とぶつかった。
弾き飛ばされてドシンと尻餅を着いて倒れた。
「いった…」
倒れた衝撃で紙袋に入れておいたタッパーが姿を現す。
しっかりフタ閉めといて良かった。
ぶつかったのはきっと自分の不注意だ。
とりあえず謝らなければと立ち上がろうとしたけどすぐにとは行かなかった。
「うわ、お尻、痛い…」
「あ?」
物凄く高い位置から不機嫌そうな低い声が響いた。
きっとぶつかってしまった人だ。
「ああ、わりぃ。今ぶつかったのお前か」
「え…」
謝る前に手を掴まれてぐいっと上に引っ張られた。
立ち上がらせてくれたらしい。
顔を上げるとそこに相手は居らず、さっき落としたタッパーを拾い上げている所だった。
「お、レモンの蜂蜜漬けじゃん」
「あ、うん」
「これ、食っていい?」
「え?」
「…」
振り向いたその人を見て一瞬時が止まる。
青い髪、浅黒い皮膚、ニッと吊り上がる口元、藍の瞳。
見覚えがあり過ぎた。
私の記憶が正しければ、今目の前に居る彼はあの時の…
「食っていいかって聞いてんだけど?っつーかもう食ってっけど」
「どう、ぞ…」
ただどうしようもなく感じる違和感は、輝きを失った瞳。
顔付きも変わってしまった。
良く言えば凛々しく、悪く言えば強面。
そんな事を口にしたら目で射殺されそうな勢いだ。
「んん!うめーな、サンキュ」
「あ、うん…」
「あー、だりぃな。なぁ、もう後半始まってんの?」
「いや、これからだと」
「あ、そ。じゃあな、水色パンツ」
「なっ!!」
「もっと色気あるやつ穿いた方がいんじゃね?」
「よっ、余計なお世話っ!!!」
遠ざかる男の背中に向かって叫んだ。
最低だ、パンツ見られた。
きっと転んだ時に見えたんだ!
でも今の感じ…凄く懐かしい。
やっぱりあの時の男の子だ。
きっと彼は私の事なんて覚えてない。
全然気づいてないみたいだった。
ちょっと悲しい。
ふと気付いたのだけど周りがちょっとざわついてる。
『今の――だよな?』
『あの子、普通に喋ってたけど怖くねーのかな』
『あいつもあんな風に会話すんだな』
さっきの私たちの話だろうか?
耳を澄ますとひそひそ話が聞こえた。
やっぱり他人から距離置かれるくらい怖い存在なんだ。
名前聞き取れなかった。
結局分からず仕舞いだ。
ジャージ着てたしきっとこれから試合なんだろう。
会場に居れば分かるかもしれない。
忘れられていたという残念な気持ちと、名前を知る事が出来るという少しの期待を胸に席に向かった。
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