「…いい加減にするのだよ、青峰」
「あ?」
真ちゃんの言葉に塞がれていた唇がやっと解放される。
私はというと未だ現状を飲み込めず酸素も足りずで色々な意味でクラクラしている。
「邪魔すんじゃねーよ」
「なっ!まったく!腹立たしいのだよ!!」
「つうか、なんでお前が名前見つけてんだよ」
「こっちは何故こんな所に転がっていたのかを聞きたいがな」
「転がってた?」
「シュート練習をしていて、いつの間にかコイツがゴールの真下に突っ伏していたのだよ。…落ちたボールが命中したのは謝る…、すまない」
やっと呼吸が整った所で、夢かと思っていた背中の痛みを思い出す。
「…あはは、背中が痛かったのはそれかぁ」
って事はあの時には私は既にここに居たという事なんだ。
どうやら私は本当に大輝の世界にやって来てしまったらしい。
やっと現実なんだと受け止める。
だけどそこには不安なんて一欠片もなかった。
私をしっかりと抱えたまま真ちゃんと話している大輝を見つめる。
視線を感じたのか、その目が私を捉えた。
「んだよ、どーした」
「な、なんでもない」
この状況になんだか急に恥ずかしくなって俯けば、少し屈んだ大輝に頬に口付けられた。
真ちゃんの非難の声が体育館に響く。
私の顔の熱は上がる一方だ。
そのまま私を離す様子もなく、ポケットを漁って携帯を取り出した大輝。
誰かにメールを送信したらしく、携帯をしまうと満足気な表情で私を見下ろす。
私の大好きな笑顔だ。
「何?」
「テツ。今アイツんとこに奏さん居るってよ」
「!?」
「ぶっ!おまっ、ひっでー顔……良かったな」
「っうん!!」
『さっさと行け』と眼鏡のブリッジを押し上げながら背を向ける真ちゃんにお礼を言って、私たちはテツくんと奏が居るという誠凛高校に向かった。
そこには目を真っ赤にして泣き腫らした奏と、その奏と手を繋いで優しく微笑むテツくんが居た。
「名前!!」
「奏っ!!」
私は走って奏に飛び付き、抱き合って泣いた。
今度は幸せな涙に笑顔。
あの時とは違う。
一頻り抱き合って喜びを分かち合い、テツくんに向かって手を広げて走る奏を笑顔で見つめる。
振り返れば大輝がニッと口元を吊り上げて笑っていた。
ああ、幸せだ。
奏のマネをして両手を広げて見せれば、頭の後ろをボリボリと掻いてそっぽを向く大輝。
ぷっと吹き出した私にジト目を向けてから、ゆっくりとその距離を縮めた。
大きな体に包み込まれる。
「大輝。好きだよ」
「知ってる」
「大好き」
「…もう離さねーかんな」
「私だって、もう離れる気ないよ」
「たりめーだ、バカ…離れんな」
「ん」
「んじゃよ、まずは溜まった分発散さしてもらわねーとだな」
「……ん?」
「あ?トーゼンだろ」
「は!?ちょ!何処触ってんの!!」
「どこって、おっぱい」
「言わんでいい!やっぱ変態は変わってない!!」
「あ?あんまうるせーと口塞ぐぞ」
「ぎゃぁ!!」
じゃれ合う私たちをテツくんと奏が笑いながら見守ってる。
いつか見た光景に視界が滲む。
私は考えた。
私の見たあの夢は伏線だったのかもしれない。
夢の中には分かれ道があった。
あの分かれ道で自分の家のドアを選んでいたら、もしかしたら今は無かったかもしれない。
間違ってなかった。
奏と私が迷わず決めた、止まる事無く歩き続けるっていう選択。
この幸せはきっとずっと続く。
こうありたいと願う限り道は開かれ、続いていくんだ。
そう思って私たちはこれからも笑い続ける。
止まる事なんてしない。
止まる事なんて知らない。
いつかの願いは、永遠の現実に。
「大輝、愛してるよ」
「ばぁか、俺の方が愛してんだよ」
END
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