「14時過ぎにストバスコートな」
「分かった、待ってる」
涼太が居なくなってから1日経った。
『名前っち』って私を呼ぶ声はもう聞こえない。
ワンコのように私の後を着いて来たり話し掛けたりする彼が最早懐かしいとさえ感じてしまう。
彼は今どうしているのだろうか。
私が夢で見た通りにまたキセキの皆と合流しているだろうか。
私やこっちの世界での事は覚えているだろうか。
もう二度とこっちには来れないのだろうか。
そんな事を考えているうちにあっという間に時間は過ぎる。
ちょっとマイナスに行きかけた思考を頭を振って遮断した。
そして大輝は14時までバイトをして、公言通り14時を少し過ぎた所でストバスコートにやって来た。
「お疲れさん」
「おー」
「しっかりやってきた?」
「…バカにすんなよ」
「してないしてない」
「つか名前、お前筋肉痛じゃねーの?」
「なってないね…今は」
「ぶは!やっぱ後から来んのかよ!」
「うるさいなぁ!」
「別に無理してやんなくていーぜ?」
「今日は1点ふんだくってやるんだから!」
「はっ!足縺れてコケてるやつがよく言うな」
「むっか!!」
ふんぞり返ってコートに向かう大輝の後ろを追い掛けた。
空元気?
そういうわけじゃない。
大輝の言った通り、1秒だって勿体ないって思ったから。
今一緒に居るこの時間を楽しもうと思った。
「はぁっ、く、悔しいっ!やっぱ大輝凄い!」
「悔しいと思えるお前がすげーよ」
「…悪かったね」
「ぶ!悪くねーよ、上等だ」
「そりゃ、どうもー」
当たり前だけど、大輝がボールを持ったらどんなに手を伸ばしても掠りもしない。
得点出来なかったとか以前に、一掠りも出来なかったっていう事への『悔しい』だ。
すぐ目の前にチラつかされたボールさえも取れなかった…これはちょっと笑えない。
いつの間にか日は落ちて薄暗くなり、公園の電球がつく時間になっていた。
2人で芝生にゴロンと寝転がる。
乱れた呼吸を戻している私とは対称的に、大輝は至っていつも通りだ。
チラリとこっちを見て鼻で笑った、酷い。
「疲れたー、けど楽しかった」
「おー、そりゃ良かったな」
「うん。大輝は?…って楽しいわけないか、私みたいなヘッポコじゃ」
「あ?結構楽しかったけどな」
「え!慰めはいらない!」
「ちげーよ。やる気のあるヤツと向かい合うってのは悪くねーって事」
「…そう。そっか」
ちょっと嬉しい。
そんな風に思ってくれたなら、大輝は向こうに帰ってもきっと大丈夫って思える。
「…」
「…」
「ふふ」
「あ?1人で何笑ってんだよ」
「やー。私って相当大輝が好きだよなーって思っただけ」
「は!?ば、ばっかじゃねーの?恥ずかしいヤツ」
「今更何を照れておりますか大輝くん」
「お前がそういう事言うのセックスん時くらいだろ」
「嫌!露骨!!」
「ま、俺も好きだけど」
「…」
「んだよ」
「大輝も大概恥ずかしいヤツだ」
「…なら恥ずかしい事でもすっか」
「は?なに…っ」
私の言葉を遮るように唇が塞がれた。
寝転んでいたはずの大輝はいつの間にか体半分私の上に乗ってる。
抵抗すれば大輝の口元がニッと上がった。
「ん!こら!!」
「ぶくく!やっぱお前はそーじゃなきゃな」
「え?」
「抵抗してくるぐらいが丁度いいっつってんの!」
「…」
「素直なお前とかキモイわ」
「き、きも…」
「抵抗されんのを押さえつけてやんのも燃えるしな」
「貶されてるんだか辱めを受けてるんだか」
「褒めてんだよ。褒められてるって選択肢ねーのかよ」
「それのどこが!」
「分かんねーの?」
「分かりません」
「ま、別に分かんなくてもいーけどよ」
「良くない良くない」
「こんなお前なんか俺だけが知ってりゃいいって事」
「良く分かんないけどなんだか凄く恥ずかしいっていうのは分かった」
「何お前顔赤くしてんだよ」
「赤くないわ!」
「可愛いヤツ」
「かっ!なんなの今日!もう止めて死ぬ!」
「ぶはは!死なれちゃ困るしな、そろそろ帰るか」
そう言って大輝は私の手を引いて立たせた。
顔を見上げれば頬に手を添えられ…
もう一度、優しいキスが降って来た。
なんだか色々ズルイ。
ライトに照らされて逆光の中少しだけ見えた大輝の表情が苦しそうに歪んでいたなんて、見間違いだったと思いたい。
「帰ろうぜ、家」
「うん。…帰ろう」
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