「どうしよう、名前」
「奏!?」
何事もなく2日程過ぎた。
水曜の終業と共に震えた携帯。
奏からの連絡にいつもの感じで電話に出れば、彼女の声はこっちが動揺する程に震えていた。
「奏!?どうしたの!?」
「どうしよう!どうしよう!」
何事にも動じないタイプの奏がこんな事になるなんて、もしかしたら初めての事かもしれない。
とりあえず会って話そうと落ち着かせる。
異様なまでの嫌な予感を感じながら、待ち合わせのお店に向かった。
「奏…」
「名前!!」
私を見つけた奏は勢いよく飛び付いて来た。
こんな彼女もなかなか見れるものじゃない。
一旦宥めてから用意された個室に入った。
奏の尋常じゃない動揺ぶりから、私はその原因をなんとなく把握してしまった。
本当は口に出すのも怖い。
だけど確認しなきゃ。
「奏…」
「…」
「テツくんが…体、透けたり、とか…」
「!?」
ああ、ほら…。
私の嫌な予感は当たる。
「ど、どうして!!」
「言えなくてごめん…じつはプロバスケ見に行った時、涼太が少しだけ透けて見えたんだ」
「う、そ…やっぱり、じゃぁ…」
「っ分からない!あれきりだし、部分的だし、大輝がそうなったのは見た事ないし…」
「テツは今朝起きて来ないなと思って見に行ったらまだ寝てて…その時、腕が透けてた」
「…覚悟しとかなきゃなのかな」
「っ…そう、だよね」
それきり言葉は出て来なかった。
私たちは手をぎゅっと握り合った。
思ったよりも早いかもしれない別れの時を想像し固く目を閉じて…どうか連れて行かないでと願った。
戻らなきゃ、返さなきゃいけないって分かってる、けど…。
「ただいま…」
家に帰ると、ちょうどバイトから帰った所らしい大輝に出迎えられた。
「おー。遅かったな!残業か…っておい、名前」
「え?」
「お前、顔ひでーぞ」
「…何それ喧嘩売ってんの」
「怒んなよ、顔色わりぃって事」
「大丈夫、ちょっと疲れてるだけ」
「…」
「さ、明日も早いしさっさとお風呂入って…て、わ!!」
顔を隠すようにして大輝の横を通り抜けようとしたらあっさり捕まった。
顔を両手で挟まれて動けない。
「おい、誤魔化すんじゃねーよ」
「何が?」
「またなんかあったんだろ?」
「なんで?ないない」
「…んのやろ」
「は!?ちょっ」
顔から手が離れたと思ったら今度はひょいと担がれた。
天井に頭が付きそうで怖い!
「大輝!何やってんの!下ろしなさい!」
「ああ?お前が嘘つきやがるからだろーが」
「なっ!なんで嘘とか言い切るの!!」
「んなもんお前の顔見りゃ分かんだよ、バカか」
「何それ!」
顔見れば分かるとかちょっとどれだけ私の事分かってくれちゃってるのと若干の恥ずかしさを覚えつつ、照れ隠しに大輝の頭をポカっと叩く。
ジタバタしても逃げられるわけもなく、そのままリビングのソファに押し倒された。
「!!」
「…なんでお前、すぐ俺に言わねーの?」
「ん、ちょっと!」
眉間に皺を寄せた顔がズイと近付く。
咄嗟に顔を逸らせば耳に唇を寄せられた。
「なんでも俺に言え。隠すんじゃねーよ」
私の両頬を大きな手が覆い至近距離で目を合わせられる。
大輝の鋭い藍の瞳は私の変な顔を映してゆらゆらと揺れていた。
「ん、ぅ」
「んっ」
すぐに重ねられた唇。
不安に駆られていた私は抵抗するつもりもなくすんなりと受け入れれば、意外にもあっさりと大輝は顔を離した。
「やっぱお前、変」
「っ」
「よっ、と」
「うわ!」
横になっていた体は抱き起され、大輝の足の間に座らされた。
肩に顎を乗せて大きな溜息を一つ。
手は私を閉じ込める様に回された。
「名前。お前って結構分かりやすい性格してんぞ」
「う、うるさい」
「とにかく1人で変な顔してねーで言えって言ってんの」
「…アホ峰のくせにっ」
嬉しくて悲しくて幸せで辛くて…
右肩に乗った大輝の顔に頬を摺り寄せた。
「でけー子供」
「大輝に言われたくない」
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