「おい名前、黄瀬が熱出したぞ」
「え!!」
土曜日の朝。
朝食を準備していると、頭をボリボリ掻きながら起きて来た大輝が怠そうに言った。
「熱!?…そういえば大輝も来たばかりの時熱出してたっけ」
「あ?そうだったか?」
「…我儘でテツくんにまで迷惑掛けたの誰だよ」
「覚えてねー」
ソファに寝転んで二度寝をしそうな大輝は放置だ。
私は冷却シートや飲み物、薬を準備して寝室に向かった。
「涼太…大丈夫?」
「ん…名前っち」
「熱測ろうか」
体温計を脇に入れておデコを手で触れると、涼太は気持ち良さそうに表情を緩めた。
私が起きた時は分からなかったけど結構辛そうだ。
ほんの1時間で悪化したのかな?
両頬を紅潮させて少し息を乱している涼太は異様に色っぽい。
ってそんな不謹慎な事考えてる場合じゃなかった。
体温計の表示は38.5度。
冷却シートをおデコに貼り、頭をそっと持ち上げて氷枕をしてあげた。
またふっと緩んだ表情が可愛い。
「涼太、ちょっと起き上がれる?」
「う…はいッス」
背に手を添えてそっと抱き起すと、軽く眩暈がしたのか涼太の体がグラリと揺れた。
咄嗟に手を伸ばして支えたら、大きな体がぐったりと私に凭れかかって来る。
お、重い!!
「名前っち…、すいません、ッス」
「はは、いいから。水分だけとって解熱剤飲もう?」
「う、ん」
スポーツ飲料を涼太の口に付けてボトルをゆっくりと傾けると、眉を歪めてごくごくと喉を鳴らしながら嚥下した。
あとは薬だ。
錠剤をプチプチと取り出していると、涼太の手が私の服の裾を掴んだ。
「…飲めないッス」
「ん?」
「薬…」
「え、苦手なの?」
「ん…」
なにコレ可愛い!
眉を下げて困った顔をする涼太、なんて恐ろしい子!!
とはいえ飲まない事には熱は下がらないし辛いままだ。
「熱下げないと辛いから、頑張ろう?」
「う…」
「ね?」
「…じゃぁ…飲ませて、下さいッス」
「飲ませる?私が口に入れるって事」
「…口移しで」
「…え」
バン!!!!
「「!?」」
涼太の衝撃的発言の後すぐ、物凄い音を立てて部屋のドアが開いた。
ドア壊れる!!!
「てめえ黄瀬ぇ!!!」
「うわ、大輝!?」
「ひっ!」
バシッ!!
「いたぁあああッ!!」
「もう1発だコラ!!」
「ちょ!大輝!!病人に何してんの!!」
突然現れた大輝はあろう事か涼太の頭を思いっきり引っ叩いた。
涼太は布団に倒れ込んで悶絶している。
熱もあるしきっと頭痛だってしてるんだから相当辛いはずだ。
更に大輝は、そんな涼太を今度は足でげしげしと踏みつけている始末。
私は頭に血が上って大きな声で大輝を叱った。
「大輝!!いい加減にしなさいよ!!!」
大輝は一瞬目を見開いた後、寒気のするくらいの鋭い瞳を向けて来た。
「…あ?」
「涼太は病人なの!!」
「おー、だいぶ頭がイってる重症だな」
「は?意味分からないから!とりあえず今はここから出てって!」
「…」
「すぐ朝ごはんにするから…あ」
バタン!!!
来た時同様、大きな音を立ててドアを閉めて去って行った大輝。
まるで親に怒られて拗ねる子供だ。
私は一度深く溜息をついてから、涼太に薬を飲ませた。
勿論口移しは却下だ。
諸々看病を終えてついでに洗濯まで終わらせてからリビングに戻ると、大輝の姿が見当たらない。
朝ごはんも手つかずのまま。
何処に行ったんだろう?
携帯に掛けてみたら、ソファの上で震える大輝の携帯を発見。
ちょっと心配になってテツくんにも掛けてみた。
『もしもし』
「あ、テツくん!大輝知らない?」
『青峰くんですか?すみません、分からないです。何かあったんですか?』
「あー…さっきちょっと強く叱っちゃって」
『怒って出て行ったんですね』
「あはは、多分そんな感じ」
『僕の所には連絡も来ていないです』
「だよね。携帯も置きっぱなんだ」
『バスケでもして気が済んだら帰って来るんじゃないでしょうか』
「うん…だといいんだけど」
『もし見掛けたり僕の所に来たらすぐに連絡します。奏さんにも伝えておきますね』
「ありがとう。よろしくね」
テツくんの所には行っていなかった。
とりあえず、帰って来るのを待とう…
こんな事は初めて。
私は間違った事は言ってないつもりだけど、ちょっと強く言い過ぎたかななんて思って胸がチクチクと痛んだ。
「んー。嫌な予感、的中?」
「奏さん?」
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