キミのトナリ | ナノ

番外編

「跡部さん、お雑煮出来ましたよ〜」
「ああ、今そっちに行くから待ってろ」
「持って行けますから待っててください」
「いや行く。俺にも少しは手伝わせろ」
キッチンでお雑煮を盛り付け終えた私の元へ跡部さんがやって来た。
そして『いい匂いだ』と微笑んで私の手からトレイを奪うとダイニングに運んでくれた。
新年を迎えた今日、跡部さんの希望で一緒におせち料理とお雑煮を食べる事になっている。
昨日からずっと一緒に過ごしているので私は1年の終わりも始まりも一緒に居られて幸せだ。
昨晩は一緒に年越しそばを食べ、彼が初めて私の部屋に泊まった。
いつもお泊りをする時は私が跡部さんの部屋に行ってばかりだったので緊張したのは言うまでもない事だ。
これも跡部さんの希望だった。
一晩一緒に居たという事はつまり新年の挨拶はもう済んでいて…なんだか少しこそばゆい。


「美味そうじゃねえの」
「お待たせしました。食べましょうか」
「ああ」
「「いただきます」」
向かい合って座った私たちは手を合わせ微笑んだ。
新年早々なんて幸せなのだろう。
「ん…美味い」
「そうですか?良かったです」
「やはりお前の作るものは何でも美味いな」
「あ、ありがとうございます」
「名前」
「はい」
「食べ終えたら初詣に行くぞ」
「え!いいんですか?」
「当たり前だ」
柔らかく微笑んだ跡部さんに私の頬も上がる。
年末忙しかった彼はきっとお疲れだろうし、まさか初詣に一緒に行けると思っていなかった私は嬉しくて仕方なかった。


「名前」
「はい」
「手」
「!は、はい!」
神社に着くと予想通りの人混み。
離れない様にと跡部さんの大きな手が私の手を包んだ。
かなり前方に行列を見つけ、そこへ向かって広い境内を2人一緒に歩く。
ふと視線を感じて辺りを見渡すと、その視線は私ではなく少し高い位置にある跡部さんに向かって注がれていた。
…やっぱり誰が見たって跡部さんは素敵な男性だ。
人目を惹く事は分かり切っていたけれど、この人混みの中で沢山の女性からの視線を集める彼を見ているとやっぱり自分には勿体ない人なのだと改めて思う。
少し気分が落ち込んで自然と下がる視線。
思わず握る手に力が籠もった。
「名前?」
「!」
「…どうした?」
「え」
「…」
「い、いえ…何も」
「名前」
「あ!もうすぐ最後尾ですね!」
誤魔化す様に前方を見遣れば跡部さんから強い視線を感じる。
少し足を速めようとすると、ギュっと手を強く握られてそれは叶わなかった。
更には
「!あ、跡部さん!」
「あーん?なんだ」
「や、な、何って、」
跡部さんの手が離れ、その手が今度は私の腰に回された。
驚いて思わず離れようとしたけれど私を手繰り寄せる様にするその腕からは離れられない。
周りから小さく悲鳴が上がった気がして私は益々居た堪れなくなった。
「何を気にしてんだ、お前は」
「!」
「周りがそんなに気になるか」
「え」
「もっと堂々としてろ」
「!」
弾かれた様に顔を上げれば、真剣な表情の跡部さんと視線が絡む。
そうしたら流れる様な所作で彼の唇が私の頬に触れた。
「!」
「俺がこうしたいと思うのはお前だけだ」
「ッ」
「お前は違うのか?」
「い、え」
「他の女なんか関係ねえ。俺は今お前を見ているんだからな」
「ッ跡部さん」
嬉しくて嬉しくて…私は人目も憚らず彼にしがみ付いた。
こんな公衆の面前でこんな事をするなんて今までの私からしたら考えられない事だ。
だけどこの嬉しい気持ちを止める事なんで出来なくて、更にぎゅうぎゅうと彼の体に身を寄せた。
ピタリと歩みが止まる。
こんな事をしたら立ち止まってしまうのは当然なのだけど、跡部さんが何も言わずピクリとも動かなくなった事に不安を感じ私は埋めていた顔を上げた。
「ッ見るんじゃねえ!」
「…え」
「い、今…俺の顔を見るんじゃねえ」
「…跡部さん?」
片手で顔を隠す様に覆い、私から少しだけその顔を背ける跡部さん。
覗き込もうとすれば腰に回された腕に力が入った。
「…お前が、可愛い事するからだ」
「!」
「恥ずかしがってこんな事外じゃやらねえだろう」
「そ、それは」
「可愛過ぎだ」
顔を背けたままの彼の手がするりと私の手に下りぎゅっと握られる。
そのまま私の手を引いてまた歩き出した。
横顔から見える耳と頬が赤くなっているのがただ寒いからだと思わない私は、きっと今凄く自惚れているのだと思う。
改めて思った。
私は跡部さんが大好きだ。


お参りを終えた私たちは帰り道も手を繋いで歩いていた。
人混みがなくなってもその手が離れる事はない。
「名前」
「はい」
「来年もまた初詣するぞ」
「!はい!」
「2人で来るのも勿論いいが…」
「?」
「もう1人増えてもいいかもしれねえな」
「…」
「まあ、それはちょっと気が早えか」
「!?」
跡部さんの視線の先には、小さな命を胸に抱えた若い男女。
その3人を見つめる跡部さんの瞳があまりにも優しい色を宿しているものだから、私の胸は煩いくらいにバクバクと拍動した。
「名前」
「!」
急に立ち止まった跡部さんに合わせて私も歩みを止める。
さっき彼らに向けていた優しい瞳を私にも向けてくれた。
「新しい年をお前と共に迎えられた事を幸せに思う」
「!私も、です」
「名前」
「はい」
「愛してる」
「ッ!」
「これからも隣で俺を支えてくれ」
「跡部さんっ」
「景吾」
「!」
「そろそろその跡部さんっての、止めねえか」
「そんな、急に」
「急にじゃねえよ。ずっと待ってるんだがな……景吾だ、名前」
「…け…景吾、さん」
「っふ。『さん』は要らねえが…まあそれでもいいか」
「う」
「今年もよろしくな…名前」
「ッはい!よろしくお願いします!景吾さん」
微笑み合ってぎゅっと手を握り合う。
1年、また1年と過ぎていく時間の中で、景吾さんが私と居る事を幸せだと感じてくれます様に。
願った想いをもう一度心の中で呟いて、彼の手をもう一度強く握った。

20150101

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