キミのトナリ | ナノ

番外編

「名前、準備は出来たか?」
「はい!」
跡部さんがひょっこりと顔を出して私の部屋を覗き込む。
バッグを持って駆け寄れば目を細め綺麗に微笑んでくれた。
ああ、これだけでもう十分幸せだ。
けれど今日はもっと幸せな1日になる。
10月4日の今日は跡部さんの誕生日だ。
跡部さんのご実家の所有する別荘で過ごす。
別荘なんて言葉にすら馴染みのない私は戸惑ったけれど、跡部さんに2人しかいないのだから気負う事はないと言われた。
気遣って言ってくれたのだとは思うけどそれはそれで緊張する。
プレゼントを忍ばせたバッグを抱き締め車に乗り込んだ。


跡部さんの運転する車に2時間半程揺られて目的地に到着。
途中眠気に負けて寝てしまった私はちょっと落ち込んでいた。
跡部さんが運転で退屈しない様に、着くまで楽しくお話をしようと気合を入れていたのに。
そんな私の頭をポンと叩いて跡部さんが車を降りた。
そして助手席のドアを開け私を見下ろす。
「いつまで沈んでんだ、あーん?」
「ご、ごめんなさいっ!今降ります!」
「荷物はこっちだ」
「え!大丈夫です!自分で持ちます!」
「ほら、行くぞ」
跡部さんは私の荷物を取り上げると空いた手で私の手を握り締めた。
驚いているうちにグイグイと手を引かれ、木々に囲まれた道を歩き辿り着いたのは煉瓦造りの白い洋館。
自然と感嘆の声が漏れた。
「わ…凄い、綺麗」
「建物自体は古いが中はちゃんと管理されているから心配はない」
「中?」
「ああ。今日は居ねえが、普段は常に管理する者が居るし今回必要な物は揃えさせたからな」
凄い…私には本当に縁のない話だ。
そんな世界があるのかと呆気に取られる。
鍵を開け部屋に足を踏み入れれば、そこにはゆったりとした空間が広がっていた。
立ち尽くす私をそのままに跡部さんがキッチンで紅茶を淹れ始めた。
慌てて傍に寄るとお前は座っていろと背中を押される。
こういう時は何を言っても駄目だと最近分かって来た私は、その言葉に甘えて広々としたソファに大人しく腰を下ろした。
「跡部さん疲れているのに、すみません」
「俺が望んでやった事だ。いちいち謝るんじゃねえ」
「はい。ありがとうございます」
お礼を言えば跡部さんは優しく微笑んで私の隣に座った。
少し近いと感じる距離にドキリとすれば、それに気付いたのか跡部さんがニヤリと口元を吊り上げる。
あまりいい予感はしない。
「今日は俺の好きな様にしていいんだったよな?」
「!」
「言ったよな?」
「い、言いました、はい」
予感はだいたい的中。
確かに言った。
『お誕生日は跡部さんの好きな事をしましょう』
ちょっとニュアンスが違う気がするけど。
跡部さんのしなやかな指が私の頬に触れ耳に触れ優しく髪に差し入れられる。
ビクリと肩を揺らせば笑われた。
「っくく。そろそろ慣れてもいいんじゃねえの?」
「無理、ですっ」
「キスは何度もしているだろう」
「跡部さんは…慣れてるんですか?」
「…」
「?」
「否…慣れはしねえな」
ゆっくりと顔が近付く。
唇が触れそうな距離で視線が絡んだ。
「お前とのキスはいつも新鮮だ」
「!」
「それに煽られるのも…いつもの事だな」
「え!」
驚く間もなくそっと唇が重ねられた。
それはゆっくりとだんだんと深くなり、気付けば私は柔らかなソファに背を着けていた。
「跡部さんっ、あの…まだ外明るいですっ」
「名前…今日は?」
「!跡部さんの、誕生日」
「ああ、それで?」
「跡部さんの、好きな事を、しましょうって」
「分かってるじゃねえの」
そう言ってまた近付く唇を受け止めれば、跡部さんの余裕のない荒い息が漏れて私の羞恥を煽った。


あっという間に時間は過ぎ、お風呂を済ませた頃には夕飯の時間になっていた。
全身に少しの倦怠感を感じつつもキッチンに立った私は夕食の準備をしている。
ケーキは昨日作ったものを持って来て冷蔵庫にしまった。
後は跡部さんリクエストのハンバーグを焼くのみだ。
「名前」
「?はい」
「体、大丈夫か?」
「!だ、大丈夫です!」
「っくく。驚き過ぎだ」
「だって!」
「今日はまだまだ先が長いからな…疲れたらこっちに来て休め」
ソファで優雅に紅茶を飲む跡部さんがそんな事を言いながら妖艶に微笑むものだから私の顔は一気に熱を持った。
それから2人でテーブルを囲み、私の作った食事を全て綺麗に平らげてくれた跡部さん。
片付けを終えソファで寛ぐ跡部さんの元に急ぐ。
日付けが変わる前にちゃんと伝えたい。
「跡部さん」
「ん?」
「お誕生日、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
「これプレゼントです」
散々試行錯誤してやっと決まったプレゼントを手渡す。
悩んだ結果買えたのは少し大きめのレザーの手帳だった。
「これは…」
「跡部さん手帳は必要ないって言ってましたけど…こういうのなら持ちやすいかなと思って」
意外にも片付けの苦手な跡部さんは小さめの手帳を何度か失くしていて、結局新しいものを買っていないみたいだった。
跡部さんが物を失くしてしまう、なんていうのもとても意外なのだけれど。
私が暫く片付けに行けなかった時の部屋の惨状を思い浮かべれば有り得なくもないなと思える。
どうやらお気に召してくれた様で、私を見て優しく微笑んでくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「お前に貰ったものなら失くせねえな」
「っふふ。もう失くさないで下さい?」
「ああ。名前……来い」
「ケーキ、食べないんですか?」
「名前」
返事がないまま素直に近付けば腕を引かれぎゅっと強く抱き締められた。
ああ、幸せだ。
跡部さんの匂いに包まれて幸せを噛み締める。
髪、目尻、頬、耳とキスが落とされ、耳元で低く艶やかな声が響く。
『名前。ケーキは明日だ。今はお前がいい』
囁かれた言葉に身を震わせればまた沢山のキスが降った。
跡部さん、お誕生日おめでとう。
これからもずっとずっと貴方が好きです。
言葉にする代わりに私は跡部さんの首に両手を伸ばした。

20141004

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