キミのトナリ | ナノ

epilogue

家の前で靴も履かずに立っている2人の光景は異様だったと思う。
そんな中未だ跡部さんの腕の中に納まって幸せを噛み締めていた私は、突然大変な事に気付いてしまった。
「!」
「どうした?」
「か、鍵…」
「鍵?」
「カードキー!家の中ですっ」
そう、目の前の私の部屋の扉はしっかりと閉じられていて、そこを開ける為に必要な『鍵』を私は玄関に置いたままなのだ。
手元には携帯しかなかった。
「どうしよ…」
「どうしようじゃねえよ」
「え」
「今日お前が帰る場所はこっちだ」
そう言って跡部さんが指差したのは私の部屋の隣、つまり跡部さんの部屋だ。
その手にはカードキーが。
そしてポカンとしている私を、なんと正面からひょいと抱き上げて鍵を差し込んだ。
「あ、跡部さん!?」
「あーん?野宿でもするつもりか?俺がそんな事させるわけがねえだろうが」
「!」
問答無用で私は跡部さんの部屋に招かれる事になった。

それから私は唯一持っていた携帯で管理会社に電話したのだけれど、土曜日である今日に会社に人が居るわけも無く…
「鍵は早くて月曜だな…それまでお前の家はここだ」
「す、すみません。お世話になります」
「俺には好都合だ」
「!」
ニヤリと笑って私の髪を撫で、そっとネックレスのモチーフに触れた跡部さんがあまりに嬉しそうな表情をしていたから、私は恥ずかしくなってただ俯いた。

お風呂を借りて跡部さんの匂いのするTシャツに身を包んで、この短時間で起こった数々の出来事に私の脳は着いて行けないでいた。
「…跡部さんが…私の事を…」
遠くで響くシャワーの音が耳に入って猛烈に恥ずかしくなった私は自分を力一杯抱き締めたけれど、そこから香った跡部さんの匂いにまた顔を赤くする事になった。
『寝室行ってろ。眠かったら寝てていい』
なんて言われたけれどこんな心境ですぐ眠れるわけもなく、散々ウロウロした後とりあえず寝室に行ってみようとそっと扉を開けた。
「…あ」
1人で寝るにはあまりに大きなキングサイズのベッド。
一瞬ドキッとしたけれど、そのベッドの上の惨状に笑みが零れた。
耐えきれない笑いを漏らしながらベッドに放られた衣類を手に取り畳んだ。
「全部寝室に追いやってたって言ってたっけ……可愛い」
「…誰が可愛いだって?」
「!」
突然真後ろで響いた低い声に驚き持っていた服がバサリと落ちた。
振り向こうとしたけどそれは叶わず、後ろから熱い体に閉じ込められる。
「あと、べ、さんっ」
「なんだ」
「あの、!ちょッ」
「ん」
「あ、やっ」
身動ぎすら出来ない程強く私を抱き締めた跡部さんが、髪に顔を埋め項に唇を押し当てる。
そこからツゥっと唇を這わせて耳の少し後ろで動きを止めて…ビリビリと全身が震痺れる程強く深く吸い付かれた。
多分友人に指摘された位置と一緒、また印が刻まれたのだろう。
そして私を軽々と持ち上げてベッドに横たえた跡部さんは優しい表情で私を見下ろした。
ゆっくりと近付く顔にそっと目を閉じれば、薄く柔らかな唇が優しく重なった。
「名前」
「は、い…」
「…っくく、そんな顔するな」
「!」
「これ以上何もしねえよ…今日はな」
「!?」
聞き捨てならない一言を投下して跡部さんが私の隣に横になる。
そして私を抱き枕の様に腕の中に抱えてあっさりと眠りに就いてしまった。
残された私がなかなか寝付けなかったのは言うまでもない事だ。


『ふざけるな!』
『ええやんちょっと妹の顔見るくらい!』
『誰が妹だ!この先には行かせねえ!』
『っちゅうか名前ちゃん起きれへんのちゃう?景ちゃんたら起きられなくなるまで何したんやろ〜?』
『てめえ、いい加減にしろよ忍足』
寝不足な私は跡部さんが起きた後も惰眠を弄っていたのだけど、完全に目が覚めてドアノブに手を掛けた所で聞こえて来た会話になかなか寝室を出られないで居た。
お、忍足さん!なんて事を!
恐る恐る寝室のドアを少しずつ開くと、ドアのすぐ前に跡部さんの背中。
そしてその先に
「おお!名前ちゃん、おはようさん!体の調子はどうや?」
「!!」
ニコニコ、否ニヤニヤ笑う忍足さんが居た。

盛大な勘違いをしてセクハラ発言を続けた忍足さんがやっと落ち着いた。
今はリビングでお茶を飲みながら跡部さんが不機嫌そうに成り行きを説明している所。
忍足さんは終始笑顔で、跡部さんに『うぜえ』と言われながらもその笑みを絶やす事は無かった。
「はぁ〜やっと丸く納まったなぁ」
「お前が余計引っ掻き回してたんじゃねえか」
「ええ?そら嫉妬深い景ちゃんが悪いんやない?」
「う、うるせえ!」
「っははは!まあええやん」
「ったく」
「ところで跡部、名前ちゃんのネックレスやけど」
「…あーん?それがどうした」
「跡部が選んだんやて?」
「ああ、そうだが?」
「なんでそれにしたん?」
「似合うと思ったからだろうが」
「…っふ、ははは!」
急に笑い出した忍足さんに、私と跡部さんは顔を見合わせる。
そんな私たちを見てにんまり微笑んだ忍足さんは、その理由を話し出した。
「名前ちゃん。そのチャーム、鍵モチーフやん?」
「?はい」
「ネックレスは人に贈る時の意味合いとして一般的なのが『相手を独占したい』とか『首ったけ』っちゅう意味があるんやけどな」
「は、はい…」
「…」
「ぶふっ、鍵はな…」
「?」
「自分だけの物にして鍵掛けて閉じ込めておきたいくらい大好きな相手に送るっちゅう意味、あるらしいで?」
「!!」
「無意識が一番心ん中出るんやて」
「なッ!」
「っははは!ほな、俺用あるから帰るわ〜」
「な!忍足てめえ!」
物凄い爆弾を投下して帰って行った忍足さんを見送った跡部さんが、うっすらと頬を染めて戻って来た。
言うまでも無く私の顔は真っ赤だ。
ボスンと音を立てて跡部さんが私の隣に腰を下ろした。
「はぁ…ったくあのヤロウはいつもいつも」
「は、はは」
「…」
「…」
「…でもまあ、」
「?」
「強ち、間違っちゃいねえ」
「!」
チラリと横目で跡部さんを盗み見る、つもりがバッチリ目が合ってしまった。
跡部さんの手がゆっくりと私に伸びて来て頬に触れる。
見つめ合う状態から一度視線を逸らした先にはネックレス。
フッと笑ってもう一度私を見た跡部さんの顔が近付いて来た。
そして鼻と鼻がくっつく距離で囁かれる。
「鍵なんかしなくても逃げないくらいに惚れさせてやる」
「!」
そっと重なり合った唇から、私の想いは伝わっただろうか。
そんな事しなくても、私はもうとっくに跡部さんに堕ちてますって。
END
20140525

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