『跡部さんが好きです』
そう告げた直後、跡部さんの動きが完全に停止した。
跡部さんが今私の頭上でどんな顔をしているのか、とてもじゃないけど見る事は出来ない。
自分の心臓の音だけがやけに響いた。
そんな中このなんとも言えない長い沈黙を破ったのは跡部さんだった。
「……苗字」
「は、はいっ!」
「お前…」
「ッ」
「…お前は」
「い、いいんです!伝えたかっただけですから!すみません!いきなりこんな事言って」
「お、おい」
「何ともないし大丈夫ですから!ホントに!」
「おい苗字」
「ホントすみません!忘れて下さい!」
「落ち着け苗字!」
「!あ、跡部さん!」
捲し立てる私を黙らせるかの様に跡部さんの腕が私を閉じ込めた。
耳がぴったりと跡部さんの胸に貼り付いて、そこからは私と同じくらい忙しなく響く音を感じる。
私の背中に回された手に更にグッと力が込められた。
「忘れろって…こんな事、忘れられると思ってんのか、あーん?」
「え…」
「この俺が、どうでもいい女に食事を頼むと思うか」
「え、あ、跡部、さ」
「あんなメールを送ると思うか」
「!」
「忍足のヤツなんかに、嫉妬なんかすると思うか」
「え、お、忍足さん?」
「好きでもねえ女に、キスなんかすると思うか」
「ッ!!」
驚いて顔を上げれば、思ったよりずっと近くに跡部さんの顔があった。
その目は思わず魅入ってしまう程に優しく細められている。
綺麗な瞳をじっと見つめていれば、ゆっくりとそれが近付いて
「苗字、俺はお前以外を俺の隣に置く気はねえ」
「!」
「正直こんな気持ちになったのは初めてだ…」
「跡部さん…」
「お前が好きだ、苗字」
「っ」
『…お前の居場所は、俺の隣だ』
そう優しく告げられてすぐ、柔らかな唇が触れる。
至近距離で視線が絡んでゆっくりと目を閉じれば、更に深く深く重なった。
しっかりと跡部さんに捕まえられた私は、どこまでも追い掛けて来る跡部さんを受け止めるだけで精一杯。
途中苦しさに薄っすらと目を開ければ、すぐ目の前には眉間に皺を寄せて余裕のない表情の跡部さん。
そのあまりに色気のある表情に眩暈がした。
熱に侵されて頭がぼんやりとし始めた頃、やっと唇が解放される。
甘い空気が流れる中、ふと2人とも靴も履かずに立っていて此処が通路だという事に気付いて目を合わせた。
「ったく、俺はお前の前じゃ碌に恰好もつかねえな」
「ふふ、そんな事ないです」
「あるだろう」
「いいんですよ。そんな跡部さんも好きですから」
「…言うじゃねえの」
一緒に笑い合った。
平凡な私になんとも贅沢で幸せな居場所が出来た。
私の居場所は今もこれからもずっと…
跡部さんのトナリ。
20140525
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