キミのトナリ | ナノ

弱い心

昨日は結局あのお店で忍足さんに夕飯をご馳走になり、家までしっかりと送り届けて貰った。
お礼を言えば『当然の事や、気にせんでええよ』なんて言われて頭をポンポンされた。
本当にお兄ちゃんみたいだな、と思う反面…
こういう所、やっぱり女性の扱いに慣れているのかなと思って、跡部さんも女性にこんな風に対応したりするのだろうかとちょっとチクリとした。
身勝手な事だ。
跡部さんは今日どんな休日を過ごしたのだろうか。
今朝電話で、昨日飲み過ぎたし昼は外食するから今日の食事は要らないと言われた。
なので今日は跡部さんとは顔を合わせていない。
忍足さんが昼頃連絡した時には『予定がある』と言っていたらしい。
さっき玄関先で物音がしたので、多分もう家に帰っているのだろうけど…誰かと会ってたのかな。
「……何考えてるの、私」
跡部さんの事が何から何まで気になって、何でも知っていたい気持ちになって…これじゃ一歩間違えればストーカーだ。
今日1日だってふとした時に考えるのは跡部さんの事ばかり。
そしてあの唇の感覚を思い出しては頭をぶんぶん振って切り替えようとしたけど、あまり意味を成さなかった。

ピンポン
また思い出しそうになった所で来客を知らせるベルが響く。
インターホンを見て映像を確認すると、今私を悩ませている本人…跡部さんが立っていた。
玄関のドアを開ければいつもの一言で叱られた。
「だから、インターホンに出てから開けろと」
「すみません、つい。でも、跡部さんだから」
「……お前は…。まあいい、今日は何してたんだ」
「今日は学生時代の友達と出掛けてました」
「さっきまでか」
「あ、いえ。さっきは途中でお会いした忍足さんと」
「忍足……またアイツか」
「え?」
そう言うや否や、跡部さんは一歩踏み出して私を部屋に押し戻した。
わけの分からない私は、先程と雰囲気を一変させた跡部さんの勢いに押されて戸惑うばかりだ。
扉がガチャンと閉まってすぐ腕を掴まれて引かれ、玄関の壁に背を押し付けられた。
至近距離で視線が絡んだけれど跡部さんの方から逸らされた。
「あ、あの…跡部さん」
「…お前は……俺より忍足と居た方がいいか」
「え?」
「そうだよな。アイツの方が女の扱いが上手いし考えも柔軟だ」
「跡部さん?ど、どうしたんですか!」
「どうもしねえ。今日も1日アイツと居たんだろう」
「え、違います!私は友達と」
「昨日もまた映画に誘われてたしな」
「跡部さん!?」
「夕食も済ませて来たんだろう」
「そ、それは」
「夕食ついでに、お前も食われて来たのか?」
「え?」
不穏な空気を感じた瞬間、掴まれた腕に力が込められる。
そして、
「こうやって…」
「!」
ぐっと距離を詰められ、ぶつける様にして唇を塞がれた。
驚いて少し開いてしまった口に、逃がすまいと顔を傾けた跡部さんが隙間なく唇を押し付けて来る。
「う、んんッ」
壁に後頭部を押し付けられて痛みに顔を顰めたけど、目を閉じている跡部さんにそんな事分かるはずも無い。
苦しくなって首を振っても顎を掴まれて引き戻された。
昨日の甘く優しかったものとは違い、激情をぶつけるかの様なそれに生理的な涙が溢れる。
その涙が頬を伝って顎まで辿り着いた時、閉じられていた跡部さんの目が大きく見開かれた。
そしてその瞳は悲しげな色を宿して…ゆっくりと離れていく。
「っはぁ…あ、跡部、さんッ」
「……そんなに、嫌だったか」
「え?」
「否…突然、悪かった」
「跡部さん!?」
跡部さんの手が私の腕からするりと滑り落ちて離れる。
嫌?そんなわけない。
確かにびっくりしたけれど、跡部さんに触れられて嫌だと思った事なんて私は一度も…
離れていく跡部さんを引き留めたくても、今の私には気持ちを伝える余裕も勇気も出なくてただ茫然とするばかり。
玄関が施錠の音を響かせるのと同時、自分の不甲斐なさに涙が溢れた。

リビングのソファに身を沈めて息を吐く。
そんな事しても胸が苦しい事に変わりはなかった。
「好き、なんです…」
そう伝えられたらいいのに。
跡部さんが私に優しく接してくれている事も分かってる。
それでもあんなに素敵で、沢山の女性に言い寄られるような住む世界の違う人だ。
自信なんてなくて傷付くのが怖い私には、素直に気持ちを伝える勇気は出なかった。
ふとテーブルに放られた携帯が視界に入る。
今日忍足さんから言われた言葉を思い出した。

『…読んだってえな』
『メール、読んだってや』
『跡部がどんだけ心配しとったか、分かるはずやから』

携帯を少し操作すれば現れる『未読メッセージ』の表示。
またあの時の事を思い出して苦しくなったけど、私はやっとそのメールを開こうと決めた。

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