キミのトナリ | ナノ



ソファの背凭れに完全に身を預けた私に覆い被さる様にしていた跡部さんに、いつの間にか私は押し倒されその身をソファに沈めていた。
左右の手はそれぞれ跡部さんの手に捕まり、指を絡められ革張りのソファに縫い付けられた。
浅かった重なりがだんだんと深くなり、今度は眠気では無い意識の遠退きを感じ始める。
私の息が限界を迎えて跡部さんの手を強く握り締めるまで、そう時間は掛からなかった。
「ん、っは、はぁッ、はぁッ」
「……」
「!」
そしてやっと解放されたと思えば、上気した私の頬にそっと触れる熱い唇。
ちゅ、と音を立てて頬や鼻、額に触れては離れを繰り返す跡部さんと無抵抗の私。
脳に酸素が行き渡らない事もあり、思考はほぼ停止…ぼんやりと目の前の人を見つめるだけで精一杯だった。
「ッお前…見過ぎだ…」
「だ、だって…」
「…嫌か」
跡部さんの言葉にフルフルと首を振った。
私の返答に安堵の表情を浮かべた跡部さんに胸が苦しくなった。
もう一度…一瞬だけ唇と唇が触れて、跡部さんが私の上から退いた。
当然の事ながら放心状態の私は起き上がる事すら出来ず、何処に力を入れれば立ち上がれるのかも忘れてしまった様に動けない。
そんな私の頭を跡部さんの綺麗な手が優しく撫でるものだから、ああもうこのままでもいいやなんて思考が廻った。

『めっちゃ寝とるやん』
『…疲れてんだろ』
『なら起こすん可哀想やな…もうちょい寝かしたり』
聞き慣れた関西弁が耳を掠める。
ああそうか、私また寝ちゃったんだ。
なんとなく力の入る様になった体を捩るとバサリと音がした。
体に掛けられていた物が床に落ちたらしい。
少しずつ視界が開ける。
「ん…」
「あ、名前ちゃん起きたで」
「あれ…忍足さん…」
「うん、はよ」
「おはよ、ございます?」
「っはは!可愛ええなぁ。でも残念!王子様のチュウで起こしたろ思たんやけど」
「!」
「忍足!!」
忍足さんが発した言葉に完全に覚醒した私は勢いよく起き上がった。
テーブルを挟んで向こう側に愉快そうに笑い飛ばす忍足さん。
そして私が寝ていたソファには跡部さんが居て、隣を見た瞬間にバッチリ目が合ってしまった。
「!あ、跡部さん」
「お、忍足の言う事は気にするんじゃねえ」
「ッは、はい!」
「んー?なんや、2人共顔赤いんとちゃう?」
「気のせいだ」
「…ふぅん」
気のせいじゃないです、跡部さん。
私の顔は多分今これでもかという程に赤くなっている事だろう。
い、今すぐ消えてしまいたい。
そんな事を考えながらチラリと跡部さんの様子を窺って私は固まった。
「跡部熱でもあるん?」
「ねえよ…少し酔ったんだろ」
「ないない!跡部はた大抵酔うても顔色変わらへんやろ」
「…つ、疲れてたからだ」
「へー、ほーう?」
忍足さんの言葉に焦る様にして視線を逸らしている跡部さんの頬が、ほんのりと紅く色付いていた。
まさか…いや、でも…
女性に慣れているはずの跡部さんがさっきの、さっきのあれだけでこんな表情になるわけ…
私にとっては気絶しそうなくらいの一大事だけれど。
なんだか居た堪れなくなった私は時計を確認して立ち上がった。
もうすぐ日付けが変わろうとしていた。
結構な時間私は寝てしまっていたらしい。
「あの!すみませんっ!私帰ります!」
「ええ?名前ちゃん、明日休みなんやしもうちょいええやろ?」
「いや、でも、あのッ…!」
不意に右手を掴まれて身体が傾いた。
繋がれた手の先に居るのは、言葉で引き留めた忍足さんじゃなくて…
「あの、跡部さん…」
「…忍足もああ言ってる事だ。まだ、いいだろう」
いつも見上げる位置からしか見た事の無い跡部さんの目が上目遣いで私を見ていた。
その目は…狡いと思います。
どうにも胸が苦しくなってしまった私は、言葉も発する事も出来ずそのままソファに逆戻りする事になった。


暫くお2人のお酒に付き合った。
とは言え大して飲めない私は主にウーロン茶を口にしていたのだけど。
時計の針が深夜1時を差す頃、ゆっくりと忍足さんが立ち上がった。
「はー飲んだ!ほな侑ちゃんそろそろ帰るわ〜」
「…気色悪い。何が侑ちゃんだ」
「ええとこ邪魔して堪忍な〜」
「飲み過ぎだ、馬ァ鹿」
「私もそろそろ…あ、ここ片付けたらお暇します」
「ああ、せやな。名前ちゃん頼むわ。ついでに跡部の介抱も」
「俺はそこまで酔ってねえよ。馬鹿な事言ってんじゃねえ」
「っははは!ほな、名前ちゃんまたな!また今度映画誘うわ」
「え、あ、はいっ!お気を付けて!」
「…さっさと帰れ、酔っ払いが」
「はいはい」
玄関に向かった忍足さんと跡部さんを見送って、私は片付け開始だ。
ゴミを纏めてグラスや食器をシンクに運び終えて、洗い物を始めた所で跡部さんが戻って来た。
「苗字…悪いな」
「いえ。これ終わったら私もすぐ帰ります。遅くまですみません」
「いや…引き留めたのは俺だ」
「!」
「…」
洗い物をしている自分の真横から痛い位の視線を感じる。
水音と食器が触れる音だけが響いていた。
「……苗字」
「!」
「お前は…」
「?」
跡部さんが言葉を詰まらせた所で洗い物が終わった。
私はこれ以上跡部さんからの視線に耐える事が出来そうにない。
「っ跡部さん!お邪魔しました!か、帰ります!」
「あ、っおい!苗字!」
跡部さんの制止を振り切って荷物を抱えて部屋を飛び出した。
失礼だったかもしれないけど、あれ以上はもう心臓がもたなかったと思う。

部屋に戻った私は何をするでもなくボーっとしていた。
だけど眠気が訪れる事はなかった。
跡部さんの家で沢山寝てしまった事に加え色々な事があったせいか、いつまで経っても寝付けなかったのは言うまでもない。
ぼんやりと夢の様な出来事を思い出す。
鏡に映った自分の紅い頬が現実を物語っているようだった。

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