キミのトナリ | ナノ

優美な瞳

「ごめんなさい」
「お兄ちゃんめっちゃ心配したんやで!」
「お、お兄ちゃんって…」
仕事帰り、私は忍足さんに捕まって…いや、偶然会ってカフェに入っていた。
定時に仕事を終えて会社を出たら外が騒がしく、女性社員の皆さんが色めき立っている先に居たのが忍足さんだった。
慌てて駆け寄って、顔を隠す様にして会社を後にしたのだ。
跡部さんに以前の様に食事を作る事になって、少し落ち着いたら連絡をしようと思っていた矢先の出来事。
私が連絡するよりも早く跡部さんが忍足さんに話したらしく、私からの連絡が無かった事に…
「お兄ちゃん拗ねてまうでッ!」
…と、こういうわけだ。
忍足さんはいつから私の兄になったんだろうか。
という話は別として、心配を掛けたのにすぐに連絡をしなかった私に非があると謝った。
「まあ、良かったな」
「…はい。ありがとうございます」
優しく微笑んだ忍足さんにつられて私もホッと息を吐いて笑った。
「しかし跡部も意地っ張りやなぁ」
「ふふ」
「結局こうなるならなんであんな事言うたんやろ…やって、家事は」
「「壊滅的」」
「っふふ」
「はは!名前ちゃん跡部ん事頼むな」
「え!た、頼むって!私は今まで通り食事の事するだけで…」
「まあまあ。ええよ、今はそれでも」
忍足さんはそう言って私の頭をポンポンした。
本当にお兄ちゃんみたいだ。
忍足さんの言葉の意味を深く考えてしまったら、馬鹿みたいに意識しておかしくなってしまう気がして、なんとか笑って誤魔化した。
追求して来ない辺り、忍足さんはもう私の扱い方を分かっているんだろう。

カフェを出た後忍足さんは私を家まで送ると言って聞かず、結局最寄りの駅までついて来てくれている現状。
駅を降りても危ないからと意見を曲げる気は無い様だ。
「名前ちゃんに何かあったら俺跡部に葬られる気ぃするわ」
「忍足さん、何わけの分からない事言ってるんですか」
「苗字!!」
「え?」
後ろから大きな声が響いたと思ったら、突然手首を掴まれて引っ張られた。
この声は…
「あ、跡部さん!」
「跡部やん、どないしたん?」
「は!?…忍足…てめえ何してやがる」
「何て、姫さんを送り届けるとこに決まっとるやん」
「…はぁ…ったく」
「?」
「あー…景ちゃんったら、名前ちゃんが見知らぬ男に拉致られると思たんやろ」
「え」
「なッ!馬鹿な事言ってんじゃねえ!」
忍足さんの言葉に跡部さんが大きく反応する。
跡部さん、私の事を心配してくれたって事なのかな。
言い合い、というよりは否定を続ける跡部さんとそれを茶化す忍足さん。
なかなか終わりそうに無い。
それよりも…
私は自分の手元を見て顔を熱くした。
「景ちゃん見てみい。名前ちゃん顔真っ赤やで」
「!!」
「あーん?何故だ」
「何故って…景ちゃんほんま女心ってヤツを分かってへんなあ」
「なんだと?……!」
こちらを見た跡部さんと目が合う。
そして原因に気付いたらしくハッとして目を見開いた。
「あ、あ、あの」
「ッ悪い」
「いえ!」
最近同じ様な事があった気がするけど、今回もまた跡部さんは大袈裟なくらいの勢いで手を離した。
…ちょっと、傷付くな、なんて。
「跡部、そら無意識か」
「な、何がだ……帰るぞ、苗字」
「え、あ、はいッ!あの、忍足さん、ありがとうございました!」
「ナイト交代やな。またな、名前ちゃん」
「はい」
「もう会わなくていい」
「っはは!景ちゃん傑作やわ!」
「うるせえぞ忍足!さっさと帰れ!」
最後までこんな感じで忍足さんとお別れした。
急に静かになったこの空間に跡部さんの溜息が響く。
窺う様に跡部さんを見ればその目は合わさる事はなく…なんとなく気まずくなって俯いた。
と同時、私の手にまた温かさを感じた。
「!」
「帰るぞ」
跡部さんの手が今度は私の手をしっかりと包み込んでいる。
驚いて顔を上げると、手が触れているせいか思ったより近くに跡部さんが居て…その目は優しく私を見ていた。
「苗字、嫌なら離すが…」
「嫌だなんて、思ってません」
「…そうか」
嬉しそうに微笑んだ跡部さんに、私の心臓は壊れてしまったみたいに暴れ出した。

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