キミのトナリ | ナノ

柔らかな時間

「ん…美味いな」
「良かったです」
遅い夕食を跡部さんと2人で食べていた。
私の簡素な料理を目の前で上品に食べてくれる跡部さんを見つめる。
伏せられた睫毛が長くて、そこからたまに覗く瞳が凄く綺麗だ。
つい見惚れていた自分に気付いて慌てて箸をすすめれば、それを跡部さんに見られて笑われた…恥ずかしい。
「ご馳走様…お前はゆっくり食え」
「はい、ありがとうございます」
先に食べ終えた跡部さんが立ち上がってキッチンに向かい、どうやら紅茶を淹れてくれている様だった。
カチャカチャという茶器の音が心地よく響く。
暫くして差し出された紅茶は仄かに林檎の香りがした。
「アップルティーはニンニク料理の後に飲むといいらしい」
「そうなんですか?あ、そうだ、今日はちょっとニンニク入れました」
「ああ。気休めだが臭いを中和させる成分があると聞いたぜ?」
「へえ…あ!ありがとうございます、いただきます」
「いや。忍足の知識の受け売りだがな」
「忍足さん…あ、そういえば私…返事しないままだ」
「…放っておけばいい。ったく、ギャンギャン煩くて仕方ねえ」
「や、そういうわけには…」
「俺から言っておく」
「え?」
「無事また食事の事頼めたってな」
「跡部さん…」
目が合うと跡部さんは気まずそうに肩を竦めた。
薄く笑ったその表情がまた綺麗で、恥ずかしくなってそっと目を逸らしてしまった。
逸らしたその先はリビングだ。
ソファの背凭れにはスーツのジャケットやスラックス、バスタオルや色々な物が積まれている。
部屋の隅に置かれたハンガーラックには皺の寄ったシャツなどがぶら下がっていて、いつ洗濯して干したのだろうという感じだ。
ローテーブルにはPCの他に何かの書類、データ用のディスクの様な物が乱雑に散らばっている状態。
床にも文庫本や雑誌が積まれて、跡部さんが座っていたと思われるソファの一人分のスペースだけが綺麗に空いていた。
「…あまり見ないで貰えるとありがたいんだが」
「!すみません!」
「いや…酷い有り様だからな、目も行くか」
「そ、そんな事は…あー…ええと」
「…自慢にならねえが、家事は壊滅的だ」
「……壊滅的って、…っふ」
「わ、笑うな」
「すみません、っふふ」
失礼だと思いながらも、拗ねた様な顔で私を睨む跡部さんが可愛くて思わず笑ってしまった。
睨んではいるけど勿論全然怖くない。
「いつまで笑ってやがる」
「!!しゅ、しゅいましぇん」
「ぶ、っくく」
突然伸びて来た跡部さんの片手が私の両頬を押し潰した。
タコみたいな変顔が晒されているのに喜んでいる私は、傍から見たら相当気持ちが悪いに違いない。
でも跡部さんが目の前で顔を歪ませて笑ってくれているから、もう何でもいいやなんて思う。
「あの…もし良ければお片付け、しますか?」
「…」
「あ、あの…ちょっと言い過ぎました、すみません」
「…否、……悪いが、頼む」
「!」
立ち上がってリビングに向かう跡部さんを追い掛ける。
ササっと素早く何かを隠したのは見なかった事にしておこう。
バスタオルの下にあったそれはきっと下着とかだったのかもしれない。
ふと私は疑問に思った事を口にした。
「跡部さん…前はどうしていたんですか?」
「前?」
「はい。引っ越して来てからです。私がいつもお邪魔させていただく時は、その、こんな感じじゃなかったというか…」
「ああ…そうだな。今までは…」
「?」
「幻滅するだろうが…全部寝室に追いやってた、おかげで寝室は正に足の踏み場もない状態だったが」
「そ、そうだったんですね」
苦笑いをする跡部さん。
なんだかこんな何でもスマートにこなしそうな人の意外な秘密を知ってしまった様で、思わずまた頬が上がってしまう。
そんな私を見て跡部さんがおデコを小突いて来た。
気持ち、穏やかな時間が流れる。
顔を上げた私と跡部さんの視線が絡んで、思ったより近くで目を合わせてしまった事に顔が熱くなった。
「ッお片付け、しましょう!」
「…ああ」
恥ずかしくなった私は慌てて動き出した。
跡部さんの綺麗な瞳が優しげに揺れて、凄く凄くドキドキした。
それを誤魔化す様に床に置かれた本を持ち上げようと身を屈めたら、服で隠れていたネックレスが首元からシャラリと垂れ下がる。
跡部さんの視線が今度はそのネックレスに注がれた。
「苗字…」
「っはい!」
「……やっぱりな。その色、よく似合ってるじゃねえの」
「!」
目を細めて私を見つめる跡部さん。
買って貰った時の事を思い出してまた心臓が騒ぎ出した。
『お前はゴールドやシルバーより、柔らかいローズゴールドの方が似合うな』
毎日肌身離さずずっと身に着けていると知ったら引かれるだろうか。
思わず恐る恐る表情を窺えば、そのモヤモヤはあっさりと解決した。
「自分が渡したものを大事に扱って貰えるのは、なかなか気分がいいな」
ふっと笑った跡部さんの笑顔がまた途轍もなく綺麗で、私は更に顔を熱くして本を掻き集める手を速めた。

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