キミのトナリ | ナノ

電池切れ

「ただいま」
いつもの帰宅…と違ったのは、「ただいま」に「おかえり」の返事がある事。
金曜の仕事を終えた私は、久しぶりに実家を訪れていた。
「おかえりなさい。珍しいね」
「ちょっとね、疲れちゃって」
「あら、名前が疲れただなんて…何かあったの?」
「…何もないよ。2、3日居させて」
「そんな事言わずに有給でもとって暫く居たら?」
「有給?」
「名前ったら全然使わないから、いつも最後に有給消化に困ってるじゃない」
「…んー、それもそうだね」
確かに私は滅多な事じゃ休まないし、仕事も苦じゃないから疲れて有給をとるなんて事は今までなかなか無かった。
うんうん呻って考えたけれど結局、お母さんの提案に乗っかって私は有給を3日程消化する事にした。
上司に連絡すればあっさりと承諾を得た。
『ここまで有給使わないのは名前ちゃんくらいだよ。ゆっくりしておいで』そんな優しい言葉を掛けられて、突然舞い降りた5日間の休暇。

「…暇だ」
休みを貰ったはいいがする事もなく、ただ暇を持て余す事になった。
土曜の夜、多くの人が出掛けたり飲みに行ったり好きな事をやって休日を満喫している事だろう。
私はと言えば昔のまま置かれた自室のベッドでゴロゴロと寝返りを打っているだけ。
そういえばお酒の席なんて会社の親睦会以来行ってないな。
元々お酒はあまり飲めないし、そういう場に進んで行きたいとも思わないのだけど。
ふと、テーブルに置いた携帯がメールの着信を知らせた。
「あれ…忍足さんだ」
送り主は忍足さん。
なんだろう。
『名前ちゃん、どうかしたん?』
唐突にどうかした?とはどういう事だろう。
不思議に思いながら私は忍足さんに返信した。
『どうかしたって、何がでしょうか?』
『今何処に居るん?て事!家に居らへんやろ?』
『はい、今は実家です』
この返事の後、すぐさま携帯が電話の着信を告げた。
相手は勿論忍足さんだ。
随分慌てた様なそれでいて大きな声に思わずビシッと姿勢が良くなった。
『名前ちゃん!実家て、何かあったんか!?』
「いえ、あの…ただちょっと帰ろうかなと思っただけで、何もないですよ?」
『ほ、ほんまか?』
「はい。本当です。どうしたんですか?忍足さん」
『今跡部んちで飲んどるんやけどな、昨日から名前ちゃん見てないて跡部が言うもんやか…痛ッ!景ちゃん酷い!』
「あ、跡部さん、ですか…」
『跡部飲み過ぎやで!ま、待ちぃ!それストレートやで!ちょっと割れえや!』
「忍足さん、電話切った方がいいんじゃ」
『あかん!待っとき』
「ええ!?」
跡部さんがその場に居るのだと思うと妙に緊張した。
それにしてもどう考えても跡部さんが酔って大変な事になっているとしか思えないのに、忍足さんは電話を切る事を許してはくれなかった。
電池切れを知らせる電子音が話し声と混じって聞こえる。
充電しなきゃと思いつつもUSBを何処にやったか記憶がない。
探すのは骨が折れそうだ。
長電話にもならないだろうし、きっとこの通話ぐらいは繋いでくれるだろう。
充電を諦めてなるようになれと携帯に耳を傾けた…はいいが、電話の向こうから聞こえて来る会話に私は戸惑うばかりだった。
『なんや跡部、心配なら最初から自分で連絡せえっちゅう話や』
『お前がしたんだからもういいだろうが』
『跡部が掛けろ掛けろて煩いからやろ!』
『そんな事は言ってねえ!』
『素直んなれや!』
『俺に何に素直になれってんだ、あーん!?』
『自分が一番よう分かっとるやろ!』
『意味が分からねえな』
『分からへんのか!?ほんなら相当な阿呆やな!』
『うぜえぞ忍足!苗字が何処で何していようが俺には関係ねえだろうが!』
『跡部ッ!』
プツッ…
携帯の画面が真っ暗になった。
プーップーッという音さえも聞こえないコレは、完全に電池切れを意味していた。
なんてタイミングで切れるんだろう。
それよりも私は今一体どんな顔をしているのだろうか。
跡部さんの言葉が脳内をぐるぐると回って、脳以外の全ての機能が麻痺してしまったかの様だ。
『苗字が何処で何していようが俺には関係ねえだろうが』
正しくその通りだ。
私が…私が勝手に跡部さんに好意を抱いて勝手に悲しんで勝手に疲れて…
本当に全く以て跡部さんには関係の無い事だ。
真っ暗になった画面を見下ろして携帯をベッドに放った。
充電、もういいや。
USBを探すのは止めよう。
有給を貰って良かったかもしれない。
「あー、私…いつの間にこんなに好きになってたんだろう」
ぽろりと漏れた言葉に、どうしようもなく苦しくなった。
ああ…携帯も自分も電池切れだ。
ボフンと自分もベッドに倒れ込めば、反動で跳ね上がった携帯が見事に床にダイブする。
手を伸ばす気にもなれなかった私は、無理矢理にでも寝てしまおうと強く目を閉じた。

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