キミのトナリ | ナノ



洗い物をしながら視界に入るのは跡部さんから預かっているお弁当箱やタッパー。
食事はもう不要だと言われてから数日経ったけれど、まだそれらを返せずにいる。
カードキーだけはあの翌日に返した。

『跡部さん、これ…お返しします』
『…ああ…鍵か』
『?』
『…これは、……』
カードキーを前に差し出せば、跡部さんはそれを見つめて動きを止めた。
言葉を詰まらせた跡部さんの表情を窺うけど、その先何を言わんとしているかは読み取れない。
暫くの沈黙の後、
『否、何でもねえ』
『すみません。昨日すぐお返しすれば良かったんですけど』
『…確かに受け取った』
『はい、じゃあ…これで』
跡部さんの手が私の手からカードを取り、その瞬間少しだけ触れた指先にドキリとした。
それを誤魔化す様に直ぐにその場を後にした。

今日もいつも通り仕事だ。
身支度を済ませて部屋を出ると、同時に隣の部屋のドアも開いた。
「…あ」
「ん?」
「おはようございます」
「ああ…苗字、おはよう」
「…?跡部さん、お疲れですか?」
心なしか顔色が優れない気がする。
体調が悪いのだろうか?
「否、そんな事はないが」
「そうですか」
「…じゃあ、またな」
「はい…」
違和感も感じた。
けどそれ以上私は何も言えなかった。
今までなら同じ時間に顔を合わせれば駅までを一緒に歩いた。
背を向けて足早に去って行く跡部さんの後姿を見つめる。
また寂しい気持ちが沸き起こった。

「おーい!名前ちゃん!」
「え、忍足さん!?」
「お疲れさん。今日は残業か?」
「はい。忍足さんも、お疲れ様です」
電車を降りると、数個先のドアから忍足さんも降りて来た。
微笑みながら私に歩み寄る忍足さんは、ご自分が周りの女性の注目を集めているのを分かっているのだろうか?
私は少々居た堪れない。
「今日はどうしたんですか?」
「これから跡部んち押し掛けようと思てるんやけど、名前ちゃんもどうや?」
「わ、私は…今日は遠慮させていただきます」
「なんや、こんな夜から用でもあるん?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
家への帰り道で忍足さんの勢いに押されつつもそのお誘いを丁重にお断りする。
何としても私を加えようとしているらしい。
不意に肩に手を置かれて顔を上げると、興味津々といった表情の忍足さんが私を覗き込んで来た。
「名前ちゃん」
「は、はい?」
「…鍵、か」
「え?」
「それ…めっちゃ似合うとるな」
「え」
「それや」
忍足さんが指差したのは私の首元。
ずっとシャツに隠れていたそれは、忍足さんの立ち位置から上手い事見えたらしい。
跡部さんからいただいたネックレスだ。
「名前ちゃんにめっちゃ似合うとる」
「あ、ありがとうございます」
「選んだ男、見る目あるなぁ」
「!」
「どんな男やろか」
「…」
忍足さんは意地悪だ。
にっこりと微笑んだ忍足さんに私は上手く微笑み返す事は出来なかった。
そして改めてこれは跡部さんが私に選んでくれた物なんだと思うと、ドキドキと胸が騒いで苦しくなった。

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