キミのトナリ | ナノ

今日が最後の

忍足さんと会った翌日。
またいつもの様に跡部さんに食事を運んだのだけれど、予想外の事を言われて私はその場に立ち尽くす事になった。
「食事はもう大丈夫だ。今まで面倒掛けたな」
「…え?」
「もうこんな風に持って来なくていいって事だ」
「あ、跡部さん?」
「そろそろ家事にも慣れて来たしな」
「そう、ですか…」
「お前も面倒だっただろう、毎朝毎朝」
「そんな事ありません!美味しいって食べて貰えるのは、私、凄く嬉しかったです!」
「…苗字」
「あ…」
思わず大きな声を出してしまった。
跡部さんが目を見開いて驚いている。
当たり前だ。
叫んだ本人でさえこんなに驚いているのだから。
どうしてか。
私の気持ちの問題だ。
跡部さんの分の食事を作るのは全く苦じゃなかったし本当に嬉しかった。
美味しいと言って貰えて、たまに一緒に食事出来る事も嬉しかった。
最近ではもうすっかり生活の一部に組み込まれていたし、これから無くなってしまうと思うと正直凄く寂しい。
顔を上げて跡部さんを見れば、ずっとこちらを見ていたのかしっかりと目が合った。
「お前は本当に…馬鹿みてえにお人好しだな」
それに拍車を掛けてるのは、跡部さんです。
「どうした、変な顔してるぞ」
綺麗な顔に見慣れてるんでしょうね、これは元々です。
「心配はいらねえ。目玉焼きは作れるようになった」
毎日目玉焼きばかり食べて過ごす気ですか。
「疑ってるのか?」
「心配はしてます」
「…大丈夫だ」
跡部さんの決定は断固として揺るがないらしい。
どうやら今日のこの食事が最後になってしまうみたいだ。
「…分かりました」
「感謝してる。じゃあコレ、貰ってくぞ」
「はい」
バタンと玄関が閉まった。
いつも私が部屋に入るのを見届けてくれるけれど、今日は私が見届ける事になった。
寂しい…だなんて思っちゃいけない。
要らないと言われてしまえば呆気なく私のお手伝いは終了だ。
部屋に戻って荷物を持って仕事に向かう。
駅までの道を歩きながらボーっと考えた。
カードキー、返さなきゃ。
ああ、お弁当箱とかタッパーも返さなきゃ。
食費だと渡されたお金も貰い過ぎてるしちゃんと返さないと。
悶々と考えていると携帯が着信を知らせた。
「あれ…忍足さん?」
昨日の今日で何だろうと首を傾げつつ通話ボタンを押した。
「はい」
『名前ちゃん、おはようさん』
「おはようございます、忍足さん。昨日はありがとうございました」
『こっちこそ、めっちゃ楽しかった。なんや朝から堪忍な』
「いえ。どうかしましたか?」
『いや…跡部、なんか言うてへんかった?』
「跡部さん、ですか」
『昨日名前ちゃんと別れた後な、ちょうど仕事も終わってる頃やと思て飲みに誘ったんやけど…バッサリ断られてもうて』
「そうなんですか?」
『様子もおかしかったしなんかあったんやろかと思て。名前ちゃん知っとる?』
「いえ…私は何も。あ、でも…」
『ん?』
「今朝、もう食事は必要ないって言われました」
『は?』
「家事にも慣れて来たから大丈夫だって」
『…それ、ほんま?』
「はい」
『…何考えとんねん』
「忍足さん?」
『ああ、すまんすまん。それで…もう作らへんの?』
「…はい。大丈夫だと言われてしまったので」
『言われてしまったて、名前ちゃん…』
「え」
『言われたく無かったて事やな』
「!」
忍足さんはこうやっていつも痛い所を突いて来る。
それがいつもその通りだからさすがだ。
電車の時間だからと通話を終えて、フラフラと満員の波に呑まれる。
もう跡部さんに会えなくなるわけじゃないというのに、私はなんだか切り捨てられた様な気持ちになっていた。
繋がりが無くなってしまった気がして。

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