キミのトナリ | ナノ

デートの定義

『悪いな…また次の休みにでも埋め合わせさせてくれ』
朝食を運んだ時、跡部さんが酷く申し訳なさそうな顔で謝って来た。
仕事なのだから仕方ない事だし『埋め合わせ』だなんて…
なんだか普通のデートみたいな言い方でドキドキした。

「それ、デートやないん?」
「え!」
「やから、それ…普通にデートやろ」
今、私は忍足さんと一緒にカフェに居る。
しかも映画を見終わった後。
映画館の前をふらふらと通り掛かった所で忍足さんに捕獲されて、そのまま引き摺り込まれてまた一緒に観賞する事になってしまったからだ。
『捕獲』という言葉は間違ってはいないと思う。
勿論観たのは恋愛映画。
「あの、デートって言うのは…付き合っている人たちがするものでは…」
「んー、惜しいな」
「え?」
「カップルがすんのは当たり前やけど、それだけやないと思うで?」
「そうですか?」
「ん。好きな相手と出掛けたら、そらデートやろ」
「うぶっ!」
「ちょ!名前ちゃん大丈夫か!」
忍足さんの言葉に、飲み掛けていたお水を吹き出しそうになった。
好きな相手と出掛けたらって…それって…
「す、すみません」
「ええって。やけど…そんな動揺する様な言葉やった?」
「……なんていうか、はい」
「て事は…自覚、しとるんやな?」
「…」
忍足さんがニッコリと微笑んで私を見ている。
全て見透かされている気がして恥ずかしい。
自覚…つまり私が跡部さんの事を…考えて頭を振った。
やっぱり駄目だ。
一時は認めたもののやっぱり、あんな綺麗な女の人たちから言い寄られる跡部さんの事を私が思ってるなんて滑稽過ぎる。
気持ちと比例してどんどん項垂れていく頭。
すると、
ビシッ!
おデコに突然衝撃が走った。
「お、忍足さん?」
「うじうじしてるお姫さんにはデコピンや!」
「え」
「どうせ自分は跡部と釣り合わへんとか思ってんのとちゃう?」
「!」
「あかん、図星やー」
「忍足さん…」
「名前ちゃん。跡部にあんな優しい表情させられるんは、自分だけやで?そこんとこ分かっとる?」
「え…」
「女の子の事あんな大事に扱う跡部は見た事あらへん」
「そう、なんですか?」
「見たんやろ?推し掛けて来た女一蹴したん…いっつも女にはあんな感じやで?」
「あ」
「ま、困った事に当の本人も分かってへんみたいやけど」
嬉しかった。
忍足さんの意見だし、跡部さんから聞いたわけじゃないけれど。
自分に接してくれる時の跡部さんを思い出して、まず思うのが『優しい』という事。
その優しさがもし本当に自分だけに向けられたものだったら…と思うとドキドキした。
忍足さんは少しオーバーな所があるから、鵜呑みにはしちゃいけないと自分に言い聞かせる。
だけど忍足さんはどうしていつもこんな風に助言してくれるのだろうか。
「嬉しいんや」
「え?」
私の疑問はすぐに解決する事になった。
「跡部のあんな顔見れるんが嬉しいんや、俺」
「顔?」
「そ、顔。中学からの付き合いやけど、跡部の『優しい顔』なんて見た事無かったな思てな」
「優しい顔…」
「柔らかいっちゅうんかな。とにかくいつも鋭い目しとるから、それに比べたら名前ちゃん見る時の目は恵比寿様やで」
「ちょ、え、恵比寿様って」
忍足さんの言葉選びのセンスに思わず吹き出せば、『こんなん』と言って自分の目尻を下げて見せるものだからまた笑ってしまった。
「まあとにかくモテるからな、跡部は…モテ過ぎて苦労するとかほんまに男の敵やな」
「そういう忍足さんもきっとモテるんですよね」
「俺はそんな事ないで?」
「そうは見えないですけど」
「ん?そら名前ちゃん俺に惚れそうになっとるて事?」
「え!は!ち、違いますっ」
「わー、そんな猛烈に否定せんでも」
「あ、すみません…」
「冗談や。でもモテる割に付き合った数は数える程やろか、跡部のやつ」
「え」
「そんな居らんかったと思うで?しかもここ数年聞いてへんし」
「そ、そうですか…」
そこからの忍足さんの話はよく覚えていない。
私…ショックを受けてる。
跡部さんが誰かと付き合ってたなんて考えもしなかったけど、居て当たり前だ。
自分の気持ちに戸惑ってるだけでそこまで考え付かなかっただけ。
わ、私だって男の人と付き合った事はあるしキスくらいはした事はある、キスくらいは。
身勝手な私は、跡部さんが他の女の人と触れ合っているのを想像して苦しくなった。
まだ気持ちも自覚したばかりで、伝えてもいなければ伝えるかどうかも決めていないと言うのに。
見た事も無い跡部さんの『元彼女たち』に明らかな嫉妬心を湧き上がらせている。
ああ…こんな自分が嫌だ。
聞かなければ良かったと、逃げに走る自分が嫌だ。
心の中の妙なモヤモヤが晴れる事無く、休日を終えた。

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